青い鳥の秘密 3話

<青い鳥の秘密 3話>



 ――それは優馬に想いを告げた六年前の出来事だ。
 悟と優馬の家は隣にあり、同じ年に生まれた二人はいわゆる幼馴染みとして仲良く成長した。
 優馬がやることは悟もやりたがり、悟がやることは優馬もやりたがるほどの仲良し。中でも二人が夢中になったのは悟の祖父が道場をやっていた空手だった。
 始めたきっかけは幼い頃から小柄で可愛らしい外見だった悟が小学校に上がっていじめの対象になったことだった。いや――可愛い悟にちょっかいをかけていた程度だったのだが、本人からすると外見をからかわれていると思っていた。常に共にいた優馬が守ってくれてはいたが、負けん気が強かった悟は強くなりたい、と祖父に悔し泣きをしながら教えてくれと訴えたのだ。
 その後、優馬も共に通い始めた。幼い頃から体格も良く運動神経が良かった優馬を気に入った祖父は、悟同様、孫のように可愛がった。
 それが崩れたのは二人が十四歳の冬だった。
 優馬の両親は共働きで母親が看護師をしている為、一人で夕飯を食べる日も多い。幼い頃はそんな時は悟の家で共に食べていたが、中学に上がってからは部活もあり遅くなるから、と断っていた。
 部活は優馬がサッカー部で悟がバスケ部だった。悟はバスケ部に入れば背が伸びると思い込んでいたようだが、二年生になっても一年生よりも低くレギュラーにはなれなかった。一方優馬は抜群の運動神経を生かし一年生でレギュラー入りをし、見た目の良さから学年一、いや学校一のモテ男の称号を与えられていた。
 別々の部活に入った為、通学は別になってしまったが週に一度の空手の稽古は共に通い、学校中から二人は幼馴染みで親友だと認識されていた。
 その日、置き手紙にあるように冷蔵庫の中のおかずを温めて一人で夕飯を食べていた優馬だったが、途中、チャイムを連打された。
 たまに悟の母がおかずのお裾分けをくれるので、悟かなと思い夕飯を中断して玄関に向かった。ドアを開けた先には想像通りの幼馴染み。しかし、その様子は想像していないものだった。
 十二月の寒空の中、悟はコートも羽織らず、俯き手を握りしめて立っていた。
「悟、どうしたんだ?」
 以前、苛められたことを家族に知られたくない時にこんな風に来たことがある為、優馬は心配そうに問いかけながら、風邪をひくと中に招き入れドアを閉める。
 中に入っても俯き唇を噛み締めたままの悟の頭に手を乗せると、ゆっくり撫でる。
「誰かに苛められたのか?」
 普段ならば、頭を撫でられると小さいと言われているようで、すぐに止めろと手を払うのだが実は悟はこの手の平の感触が好きだった。だから、心が弱っている今は払わずおとなしくしている。
「……マジでどうした?」
 普段と違う様子に眉を寄せた優馬を見上げた悟は、噛み締めて赤くなった唇を開いた。
「じぃちゃんに、優馬を好きだから、ひ孫は見せてあげられないって言ったらふざけるなって言われた」
「……え?」
 前後の説明がなく、突然告げられた優馬の手が止まる。
「だって、優馬以上に好きになれる人なんかいるわけないし」
 かなりの言い合いをしてきたのか、興奮したままの悟は支離滅裂だ。しかし、告げられた言葉の意味は間違いようがなく優馬に伝わっていた。
 頭に置いた手を離して眉間に力を入れる。
「……とにかく中に入れ」
 目を逸らすように中に戻る優馬に悟は自分が後先考えずに気持ちを告げてしまったことに気付き慌てる。
「ゆ、優馬っ、あのっ」
 気がついたら恋愛感情になっていた幼馴染みへの想い。しかし、それに気づいたのは最近で、悟自身どうしていいかは分かっていなかった。家の中に入っていく優馬の背中を追いながら、なんと声をかけていいか分からない。
 ダイニングに戻った優馬は椅子に座ると箸を持ち強ばった表情の悟に苦笑を向ける。
「悪い、突然で俺もパニクった。……ちょっと落ち着くから先に飯食わせて」
 箸で途中だった夕飯を示された悟はブンブン頭を縦に振ると、リビングの床にここではしたこともない正座をして待った。
 普段も特に会話がない時は無理に喋らない時もあるが、今まで沈黙が気まずく感じたことなどなかった。しかし、今は苦しくなるほど気まずい。背後の優馬がたてる些細な音さえ耳が拾える沈黙に悟は太ももの上に置いた手を握りしめる。言わなければよかったか……と、後先考えずに口にしてしまった想いに悩むが、きっといつかは隠せなくなっただろうと、いずれは待ち受けた事態だと優馬の反応を待つ。
 洗い物まで終わらせた優馬がスリッパの音を立ててリビングに近づく。
「悟」
 静かに呼ばれ、ばっと振り向いた悟は膝立ちになり入り口で佇む優馬を見上げる。だが、どこか緊張した表情に口を開けない。そんな悟に目を細めた優馬はリビングに入らず膝をつくと一度息を吐き問いかけた。
「好きって……本気で?」
「え?」
「恋愛感情の好き?」
 瞳の奥を覗きこむような、確かめるような優馬の瞳は見たことがない色で、言葉の意味を理解するに少し時間がかかる。しかし、問いかけが脳に届いた悟は勢いよくコクコクと頷く。
「そうか。……ちょっと……コンビニ行ってくる」
 悟の反応に目を伏せてしばらく一点を見つめていた優馬は立ち上がる。
「え?」
「……もうちょっと頭を整理してくる」
 振り向かず告げた優馬を引き留めることが出来ない悟は、気がつけば玄関のドアの閉まる音に膝立ちになっていた足をペタンと崩す。
「……どうしよ」
 優馬の反応がまったく想像出来ない悟は、出ていかれたことが吉なのか凶なのか分からない。ただ、一気に現象が押し寄せ優馬が離れていってしまったらどうしよう、という不安に包まれてしまった。
 不安を耐える為に体育座りになり、ギュッと自分を抱き締める。優馬が好きな番組が終わり、次の番組が始まっても帰ってこないとどんどん腕に力が入り、悟も小さくなる。普段見ない恋愛ドラマのテーマソングが流れると二時間経ったことに気付き涙が滲む。
 なかなか戻らない優馬に、困らせてるのだ、と。
 顔を合わせたくないのかもしれない、と。
 ここにいてはダメかもしれない、と。
 家に帰るのは嫌だが優馬に迷惑をかけることも嫌な悟は、自分こそコンビニにでも行って祖父が寝てしまうまで時間をつぶそうか、と動こうとする。
 しかし、決めて立ち上がろうとした時、玄関のドアが開く音がし、足が止まる。あたふたと、何故か逃げようとする悟だが、リビングの出入口はひとつしかない。ソファーの回りを行ったり来たりしているうちに優馬がコンビニの袋を持ちリビングに入ってきた。
「お、おかえり」
 ぎこちなく迎えた悟に小さく笑ってくれた為、少し気持ちが楽になったが、優馬の表情がなんとなく冴えなく感じ、また不安に包まれる。
「ほら、豆大福」
 豆大福は悟の好物だ。
 和菓子は全般的に好きだが中でも豆大福が一番好きだった。
 自分の好物を買ってきてくれたことに喜びが湧き上がり表情が緩むが、次の言葉に再び強ばる。
「それ食べたら帰れよ」
「……あの……」
 自分の想いに対して気持ちを整理してきたはずの優馬だ。スルーする性格ではないことを知っている為、悟は目で問いかけた。
 真っ直ぐ目を合わせた優馬は、辛そうに目を細め告げた。
「……ごめんな」
 静かに告げられた言葉に頭が真っ白になる。
「ごめん」
 反応出来ない悟を見て苦しそうにもう一度口にされた謝罪の言葉。
 その意味はひとつ。
 ダメなんだ、受け入れてもらえないんだと涙が滲む。だが、次に向けられた言葉には強く反論した。
「悟はきっと、勘違いしてるだけだから」
「勘違いじゃないよ!」
 それは祖父にも言われた言葉だった。
 幼馴染みとして側に居過ぎた為、感情の多くを傾けているだけで、それはただの強い友情にすぎないと。
 だが、違うと頭を振る。
「ちゃんと優馬が好きだよ」
 その気持ちは疑われないで、と俯く。
「……いつか黒歴史になっても知らないぞ」
 優馬が向けた言葉はため息まじりだが自分を疎ましく思っている様子はない。
「黒歴史になんかならない。…………じゃあさ、おれが大人になっても好きだったら考えてくれる?」
 子供の勘違いだと言うなら、大人になるまで好きでいるだけだ、と上げた顔を向けて必死に言い募る。
 何故かその言葉に優馬は目を見張る。
 少し目を伏せた優馬はしばし蹂躙したが。
「……分かった……十年後もお前の気持ちが変わらなかったら……」
「考えてくれるのか!?」
 十年は長いがこの時の悟には、嫌悪や否定そして確かな断りの言葉がなかっただけいいと前向きになれたのだ。
 しかし、それは十年がどれほど長いかわかっていなかったから……。
 だが、諦めなくていいんだ、ということがすごく嬉しかった。

 その後、二人で家に行き、祖父に優馬が「大丈夫です、ちゃんと納得させましたから」というと怒られると身を竦めている悟をじっと見ただけで無言で頷いたのだ。
 その後、ぎこちなくなると思った二人の関係も、優馬が普通に接してくれた為、今までと変わらず仲が良い幼馴染でいられた。
 だが、十年後とはいったが、その間に忘れられては困ると悟は想いを告げ続けた。しかし、あまりに頻繁で優馬に迷惑がられたり、二人の距離がぎこちなくなっても嫌なので次第に年に一度。自分の誕生日くらいわがままになってもいいだろう、と「今も変わらず優馬が好きだからね」と飾らないストレートな言葉を向けるようになった。
 しかし――
「ごめんな」
 決まった言葉と誕生日プレゼントが返ってきた。
 落ち込みはしたが、まだ十年経ってないしな、と自分を奮い立たせていた。
 しかし、十七歳の誕生日。一緒に帰る約束をしようと朝、部活前に優馬に声をかけた悟に返されたのは。
「ごめん、彼女出来たから……今日は一緒に過ごせない」
 プレゼントと共に向けられた言葉を理解するのに間が空いた。
「…………え?」
「マネージャーと付き合い始めたんだ」
 優馬は学校一のモテ男と呼ばれながらも今まで彼女を作ったことはなかった。
 今までそれが拠り所だった。
 しかし、一気に現実を突き付けられた悟はその後、どう一日を過ごしたか記憶になかった。
 実際には「へ、へぇ……そっか」と俯きながら口にし、プレゼントの礼もそこそこに踵を返し学校までダッシュしたのだ。
 その後は機械的に笑い、普段と同じように過ごしていたらしい。友人から変に思われなかったのだからそうなのだろう。しかし、家に着いてからは部屋から一歩も出なかった。
 だが、悟を落ち込ませた二人の付き合いも半年で終わったらしいというのを人伝に聞いた。
 その話を聞き――別れてくれたことに歓喜する最低な自分を嫌悪した。それでも諦められない悟は、十八歳の誕生日に告白した。その時は断られることよりも、優馬にまた彼女が出来ていたら……諦めなければならない日が来ることのほうが怖くなっていた。
「……ごめんな」
 優馬の返事はいつもの言葉。肩を落とす悟だったが、その先に続けられる言葉がなかった為、すぐに浮上し渡されたプレゼントを嬉しそうに受け取った。
 だが、告白後の優馬の表情をまともに見てしまった悟は胸の奥が重くなる。
 それは優馬が辛そうな瞳をしていたから。
 悟の瞳が陰ったことに気づくとすぐに笑みを浮かべてくれた。だが、初めて告白した時にはまだ子供で、想いをぶつけることしか出来なかったが、少し大人になっていた悟は優馬の気持ちを考えるようになっていた。
 ……自分の一方的な想いが優馬の負担に、迷惑になっていることに不安を持つようになったのだ。
 そして、祖父から「まだ、優馬を困らせているのか」と言われたことが悟の不安を大きくした。
 この四年、特になにも言ってこなかった祖父だったのだが、まるで悟の不安を感じ取ったかのようなタイミング。もしかすると、悟が大人になってきたことを感じて釘をさすつもりだったのかもしれない。
「……じいちゃん……そんなに優馬を好きなことは悪いことなの?」
 確かに、前と違い悟は噛みつくわけではなく、どうにもならない胸中を向ける。元々は悟を可愛がっている祖父だ。そんな孫に目を細めるが向ける言葉は容赦なかった。
「……お前は自分がすることで優馬や家族が後ろ指さされてもいいのか」
「っ」
 祖父の言葉にビクッとした悟に畳み掛ける。
「好きならば、相手の幸せをきちんと考えろ」
 それだけを言い背中を向けた祖父に悟はなにも言い返せなかった。
 しかし、この時に家を出る決意をした。
 側にいたら、自分の想いがいつか表に溢れ出てしまうだろうから。そんな自分を近所の人に見られたならば、優馬や家族に迷惑をかけてしまうだろうから。
 だが、そんな決意は綺麗に隠して優馬に明るく一人暮らしをする報告をした。ほっとされたら悲しいなと思っていた悟だが、少し狼狽し、辛そうな表情を浮かべてくれたことに安堵する。
「……お前、家事なんか出来ないだろ。一人暮らしなんか出来るのか?」
 しかも本気で心配した言葉を向けてくれた優馬を改めて好きだと感じた。
「なんとかなるだろ。……多少家からは離れてるけど優馬の大学の沿線だから……たまには遊びに来いよな」
 だから、離れてしまって優馬の生活から自分がいなくなってしまうのは辛い為、そんな言葉を向けてしまう。だが、実家に帰った時には今までのように一緒に遊んだし、十九歳と二十歳の誕生日にも変わらず告白を聞いてくれ……いつもの「ごめん」をもらったが、優馬は一度も悟のアパートに来たことはなかった。やはり人目がある実家ではない密室で二人きりになることを避けているのかと思った。
「……やっぱり無理なのかな」
 いつか優馬が来たら、と用意した自分のサイズよりもかなり大きなサイズのスエットに目をやり溜息をついたのは何度もあった。
「……優馬がおれを好きになってくれる日なんて来ないのかな……」
 大人になって自分の気持ちは変わらなくても――いつかは受け入れてもらえない現実を受け止めなければならないのかもしれない、と悲しい決意を心の片隅に浮かべ始めた時、今回の事件が起きたのだった。


 今でも優馬への気持ちを反対している祖父に男に襲われた話は出来ない、と嘘を混ぜて話した悟に優馬は戸惑いと、苦しそうな表情で問いかける。
「……ずっと、険悪だったのか?」
 自分と共に帰った後は今まで通り仲の良い祖父と孫に戻っていたように思っていたのだ……。
「ううん、この話題にさえならなければ相変わらずじいちゃんは優しい」
 最初に空手を教えてくれた祖父を尊敬し慕っている悟を知っている為、苦い表情を浮かべた優馬に首を横に振る。
「だけど、やっぱり男同士には嫌悪感もってるし……そこに男に襲われたとは言えないっていうか言いたくない。だっておれ、男が好きなんじゃないし。優馬が好きなんだし」
 俯いて悔しそうに締め括った悟に優馬は無言だ。
「……あ、ごめん」
 沈黙が流れた室内にはっとした悟は苦笑すると話題を変える。
「まぁ、だから実家は無理だから友達のとこに行くな」
 神妙な表情の優馬に軽く言うが幼馴染の表情は変わらない。
「……お前が大学入ってからの友達は知らないけど、さすがに何日もは迷惑じゃないか?」
 確かに大学では、何日も泊めてくれるほど親しくなった友人はいない。しかし、大学外で知り合った一人の友人を脳裏に浮かべる。
 多分、そいつなら大丈夫だろ、と告げようとした悟だったが。
「………しばらくうちに居ろ」
「え?」
 思いがけない優馬の言葉に目を見張った。

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