青い鳥の秘密 1話

この話は「道化師が夢見た恋」の間宮の年下の友達、悟くんの恋の物語になります。
この話のみでも読めますが、間宮がけっこう絡むので、気になりましたらサイトにあります「道化師が夢見た恋」をお読みいただけますと嬉しいです。




<青い鳥の秘密 1話>



 夜の公園に激しい息づかいと足音が響く。
  その持ち主は身長165cm程度で今は恐怖で歪んでいる顔立ちは目が大きく色白で可愛らしい。半袖のTシャツとハーフパンツから出ている腕と足も細く、一見女性のようだ。しかし、女性にしては筋肉を感じさせる足がその人物が少年だと判断させる。
 その少年はある人物から逃げていた。
 必死な様子の少年の耳には公園を囲むように植えられている樹木の葉が風に揺れる音と後ろ追いかけてくる足音が聞こえ、視界には夏に発生する虫が街灯に群がっている光景と――振り返れば手に小さな機械を持っている大柄な男が見える。
 その機械の衝撃を身に味わったばかりの少年は痛みと痺れを感じている右腕を左手で掴んでひたすら走る。
「なんとか人目があるとこにっ」
 公園ならばカップルなどいそうなのに、静けさが怖く感じるほど人気がない。誰か、誰か、と呟きながら走る少年の瞳にようやく公園の出口が見えた。向こうには道路があり、車が走っている光景が見え少年は力を振り絞って走る。だが、車はこちらには気づかずスピードは落ちずに走り去り、飛び込んで助けを求められそうな明かりもない。少年は辺りを見回すと植え込みに入り小柄な体を丸め息を潜めた。
 身を潜めた少年の耳に足音が近づく。相手に聞こえそうな錯覚を覚えるほど心臓が高鳴り息づかいが荒くなる。少年は口を両手で覆い、チクチク刺さる植木すら動かさないように息を止める。
 植木の小枝が剥き出しの腕や足に小さな切り傷を作るが、先ほど味わった衝撃に比べたら小さなものだ。痛みなど気にならずじっと息を潜める。追って来た足音が目の前まで来た瞬間、目を見開き靴を凝視する。
 夜目でも分かる汚れたスニーカー。それが少年が隠れた場所の前でたたらを踏む。おそらく姿が見えなくなった少年がどこに向かったのかをイライラしながら考えているのだろう。ここで気づかれたら終わりだ、と少年は全身を緊張させて汚いスニーカーの持ち主を見る。
 その人物は何度かバイト先のコンビニで見た青年だった。おそらく少年――いや、年齢的には青年の域だが見た目がどうしても高校生にしか見えないことを本人は気にしている――と同年代の二十歳程度だろう。キョロキョロと辺りを見回す横顔は、こんなことをするような人物に見えない。
 そう、同年代の青年をストーキングしたあげく、スタンガンで襲うような、そんな危なげな容貌ではない。体格は良いが、どこにでも居そうな、少し地味な大学生といった容貌だ。
 しかし、そんな地味な男に青年はこの1ヶ月、散々薄気味悪い思いをさせられてきたのだ。
 それらを思い出すと背筋に悪寒が走り、吐き気すら覚える。しかも、先ほどスタンガンで襲われた際には死の恐怖すら覚えてしまった。青年は小柄で華奢ではあるが、見た目と違い勝ち気な性格の上、空手を習っていた為、最初は強気でいたのだ。
 しかし、そんな青年をこの1ヶ月で弱らせ、今も体を小刻みに震わせるほど、男のストーキングは執拗だった。
 とにかく今は迎え打つことよりも、男から逃げることしか青年の頭にはなかった。
 ――早く行け、早くっ……
 それを繰り返し頭の中で呟く。
 長いような、だがおそらく数秒の出来事。
 青年の願いが届いたのか、男は駅の方に向かって歩き出した。
 しばらく少しだけ首を伸ばして男の背中を凝視する。そして、見えなくなった瞬間、青年は口からようやく手を退かした。
「……っ……ぅっ」
 極度の緊張から解き放たれ、無意識に嗚咽が漏れる。男だったら強くならないと、と幼い頃から空手を習っていた青年が涙を流したことなど数度しかない。それが今は安堵と恐怖の涙で濡れている。なんとか自分を落ち着かせようと体育座りになり、足の間に顔を埋める。
 その時、青年のポケットに入っていた携帯が鳴り出した。
 車の音しかしない空間に突然響いた着信音。しかも電話だった為、青年があたふたとしている間も鳴り続ける。この音で男が戻ってきてしまったらという恐怖に襲われた青年は、視線を駅の方に向けながら慣れで画面を見ずに通話を繋げた。
「も、もしもし」
 潜めた声は必要以上に小さく、聞いた者が眉を寄せそうに怯えた声音だ。そんな声音を向けられた相手が不審に思わないはずがない。
「悟?どうした?」
 怪訝な、だが心配そうな声。
 その声に青年、悟(さとる)は息を呑む。
 一番大好きな声。
 ずっと聞きたくて、でも、ここ数ヵ月はまったく聞いていない声。
 構えていなかった悟は堪えていたものが崩壊するかのように震える声を向ける。
「優馬……助けて」
 相手は普段ならば決してこんなことを口にしない悟の性格を知っていた。
「悟!?」
 だからこそ、息を呑むと焦った口調で呼び掛ける。
 自分を心配してくれる声に悟は更に涙を流す。
 嫌な思いをさせた自分を――。
 親友で――幼馴染でいられない想いを向けた自分を、こんなに風に心配してくれる相手に涙が止まらない。
 そして、こんなに優しい相手に自分がしてきたことを振り返り携帯を握りしめ謝る。
「ごめんな、優馬。おれに好かれて気持ち悪かったよな。お、男にさ、好かれるの……気持ち悪いよな」
 悟は電話の向こうの相手が好きだった。
 相手も自分も男だ。
 それでも好きなものは仕方ないじゃないか、と自分の気持ちを優馬に七年前に告げた。
 自分が告げた時、優馬は困惑しながらも嫌悪感は出さず、友達で、幼馴染でいようと言ってくれた。それでも諦められず何度も告げた自分は、なんと不快な思いをさせていたのだろう。自分が同性からそういった対象に見られ、ようやく優馬に対して自分勝手な想いをぶつけていたことが分かったと繰り返し謝る。
「ごめんな、優馬。……ごめん……」
 悟の謝罪に戸惑う気配が向こうには流れていた。
「――なにがあった?」
 しかし、謝罪を遮り問われた声音に悟はビクッと息を呑む。
 それは、悟が聞いたことがないほど低い声だった。
 悟が怯えたことを感じたのだろう優馬は、はっとしたように普段の耳に心地よい穏やかな声音を向ける。
「悟、いつも言ってるけどさ、お前を嫌いとか、ましてや気持ち悪いなんて思ってない。もしお前が男に言い寄られてて気持ち悪いと思ってるとしたら、そいつは悟に対して思いやりがない想いの向け方をしてるんだろ?悟は俺が嫌がらないようしてくれてる優しい奴だ。同じなんかじゃない」
「……あ、りがと」
 自己嫌悪に苛まれていた悟は優馬の言葉に息が楽になる。
「ところで、大丈夫なのか?危ない目に遭ってるなら行ってやるから場所教えろ」
 悟が少し落ち着いたことを感じたのか、こちらもほっとした息を漏らした優馬だが、悟の身に危険が降りかかっている事態に緊迫した声に戻る。
「ぇ……でも、もう行ったから大丈夫……だと思う」
 取り乱して思わず縋るような言葉を向けてしまったが、落ち着いて周囲を見れば、ストーカーの姿はまったく見えないし、流しのタクシーも走っているからそれに乗ってしまえば大丈夫だと判断出来た。
 それに、好きな人に迷惑はかけられない。
 しかし、半分以上が強がりのことを長い付き合いの優馬にはバレてしまう。
「バカ、遠慮なんかするな」
 その声はまだ小刻みに震えながら携帯を持つ手を見透かしているようだ。
「……でも、ここちょっと遠いよ?」
 悟が今いる公園はアパートの近くだが実家からは電車で20分はかかる。優馬が家にいるのなら、ちょっと来てという距離ではない。
 しかし、場所を聞いた優馬の答えに悟は驚く。
「なんだ、うちからそんなに遠くないわ」
「え?」
「悟にそれ知らせようとして電話したんだよ。俺、家出たからさ。アパート、その公園からなら一駅だから」
 思わぬ言葉に悟は反応に遅れる。優馬には悟のアパートを知らせてあるが一度も訪れてくれたことはなかった。それは実家と違い誰もいない場所で二人きりになることが気まずいと思っているからだと思っていた。それが近い距離に引っ越したと聞き、優馬の考えが分からなくなる。いや、ただ単にこの辺りは学生が住みやすい価格のアパートが多いし、優馬が通う大学からも沿線一本だという場所柄なだけだ、と判断する。
 自分の想いが受け入れて貰えないことはわかっているが、やはり関わりが以前のように近くなることは嬉しい。
 自分で離れたクセにやはり寂しかった。……以前のように、苦しい想いに耐えきれなくなることは分かりきっているが、やはり、好きな人が側にいることは嬉しいのだ。
「……本当に……いい、のか?」
 迷惑をかけたくない思いも強いが、弱った今、優馬の顔が見たい想いが勝った悟の言葉に「すぐに行くから」と安心させるような声音を向けてくれた。
 優馬が来てくれる。
 優馬に会える。
 そのことに全身が安堵に包まれた悟は、ようやく体から力を抜いた。
 優馬はこちらに向かう間も電話を切らずにいてくれた。
「お前はしゃべらないでいいから」
 植え込みに隠れていると伝えたら、念のため周囲に気づかれないようにしていろと言われ、無言で優馬がタクシーに乗る様子や運転手に場所を伝える様子を聞く。運転手に場所を告げた後は、すぐに着くからな、と元気づけてくれる。声を出さずに頷き、変わらぬ優しさに吐息が震える。それを感じさせないように気をつけながら携帯を耳に当てていると本当に十分程度でタクシーが公園の入り口で停まった。
「ちょっと待っててください」
 携帯と現実の声が重なり、視線を向けた先に見えた背の高いシルエットは幼馴染をすぐに思い出させた。
 こちらに近づくにつれ街灯が容姿をはっきりとさせる。
 Tシャツとジーンズという普段着だが、185cmはありそうな長身で長い手足のスタイルの良さはモデル並だ。しかも今時の若者にありがちな、ただひょろひょろと細い体つきではなく、シャツから出ている腕は綺麗に引き締まった筋肉がついている。街灯に照らされた彫が深く精悍な横顔は、見慣れた、しかし記憶より少し大人びた幼馴染だった。
「悟?どこだ?」
 植え込みの前で悟を探す優馬に悟は立ち上がろうとする。しかし、中途半端な体勢で長くいたせいでバランスを崩して転んでしまう。
「ゆ、優馬、ここっ、とっ、うわぁっ」
 つんのめった悟は植木に向かって倒れこむ。その音に慌てて駆け寄った優馬が膝をついて悟を抱き起こした。
「悟!大丈夫か?」
「だ、大丈夫」
 街灯の明かりだけだが顔を覗き込んだ優馬の切迫した顔に息を呑みつつなんとか笑みを浮かべ無事を伝える。
「良かった」
 悟が小さく浮かべた笑みを見て目を細めた優馬は心底安心したと息を吐くと腕の中の悟を抱き締めた。
「っ」
 思わぬ抱擁に息を呑み体を強ばらせた悟に気づかないのか、優馬は背中を何度も撫でて頭に頬を擦り付ける。
「あ、あのっ、心配させてごめんっ」
 あまりに熱い抱擁に腕をピキンと伸ばし緊張していた悟だったが、バクバクしている心臓の音を聞かれたらマズイと少し身動ぐ。
「痛っ」
 その時、優馬の腕がスタンガンを当てられた場所に触れた為、痛みに声を上げる。
「どこかケガしてるのか!?」
 耳元で聞いた声に抱き締めていた腕を緩めた優馬は、両手首を掴み硬直したままの悟に視線を流す。暗くて良く分からない為、ゆっくり立ち上がらせると街灯の下に連れていく。
 頬に擦り傷があり、視線を下げていくと少し赤く腫れた痕に気づく。
「これ……」
 眉を寄せ問いかけようとした優馬だが、タクシーの運転手がクラクションを鳴らした為、車に戻ることにする。
「とにかく、早くここを離れよう」
 その意見には大賛成な悟は手を繋がれタクシーに向かう優馬に大人しく着いて行った。
「ひとまず俺んちに向かうからな」
 タクシーに住所を告げた優馬に悟は頷く。だが、これ以上迷惑はかけられないからタクシーをそのまま乗り継がせてもらえば行き帰りのタクシー代も払えるな、とその時は思ったのだ。
 しかし、悟の考えが分かったのかアパートに着くとさっさと料金を払い再び悟の手を掴み下ろしてしまった優馬。
「手当てするから」
「あ、あの、でも」
 これ以上迷惑は、と焦った悟だったが、普段は優しげな表情の優馬が無表情なことに気付き大人しくなる。これは、怒っている時の表情だ、と長い付き合いから分かってしまったからだ。その長い付き合いで、怒っているのは自分に対してではないことなど分かる。しかし、何割かは――。
「ちゃんと説明しろよ」
 タイミングよく優馬が連絡を取らなかったら黙っていただろう悟に対して――こんなに怯えるまでSOSを出して来なかったことに対してもあるだろう。
 自分が優馬だったら、やはり水くさいと怒るな、と思った悟は大人しく手を引かれ二階だという部屋に向かった。
「まだ片付いてないから狭くて悪いな。適当に座って」
 部屋に入り素早く鍵をかけると悟の手を放し部屋に入る。
 確かに引っ越したばかりだと分かる部屋には段ボールが積み上げられているが、すでに家電はセットされているようで一通り生活は出来る状態だった。
 離された手が緊張で汗をかいていた悟はジーンズでさりげなく拭き、物珍しそうに部屋を見回しながらも初めて来た感じがせず、部屋の真ん中にあるテーブルの前に立つ。そのテーブルは実家から持ってきたのだろう。見覚えがあるものだった。それだけではない。本棚もその中身の小説なども見覚えがある。最低限必要なものは新しくしたがそれ以外は実家からもってきた為、すぐに馴染めたのだ。
 優馬の部屋は学生向けの造りのロフト付きのワンルームだが、二階の角部屋の為、東側から南側までバルコニーが繋がっている。東側のカーテンを開けてバルコニーに出た優馬はしばらく辺りを確認する。
「怪しい奴はいないから大丈夫だ」
 あの場では確認出来なかったが、着いて来ていたら厄介だ。だが、不審な人物はいないと確認した優馬は安心させるように悟に笑みを向けた。
「あ、りがと」
 まだ完全に恐怖を消したわけではなさそうだが、悟の気配がいくぶん明るくなった。
 バルコニーから部屋に入った優馬はカーテンをしっかり閉めると汚れている服を気にしてか、立ったままの悟の為に着替えを用意する。だが、見慣れたタンスからTシャツとハーフパンツを出して手渡された悟は手を伸ばすことに躊躇する。
「い、いよ。おれ、もう少ししたら帰るから」
「帰るって、お前……アパート知られてるんじゃないのか?」
 優馬の指摘に悟は肩を揺らす。実際、相手は悟のアパートを知っているからだ。だから、今夜は友人に厄介になろうかと思っていた。
「その顔じゃバレてるんだろ」
 悟の考えを読んだ優馬が止める。
「そんなことまでした奴だ。……かなりヤバいことになってるんだろ?」
 眉を寄せて赤くなっている二の腕を見る。咄嗟に隠した悟だが、素早く優馬に左手を掴まれ傷を見られる。
「とにかく、状況説明しろ。お前のことだから誰にも相談してないだろ?」
 目の下の隈を撫でられ、眠れていない日々を指摘されると一気に今までの恐怖が甦った悟は小刻みに震え出す。優馬は悟を座らせると自分は膝立ちになり、ゆるく抱き寄せて背中を撫でる。
「大丈夫だ。ここには来ないから大丈夫だ」
 大きな手の平に何度も撫でられ、次第に悟は落ち着いてくる。
 悟にとって優馬の隣は一番緊張するが、一番安心出来る場所でもあった。
 そんな幼馴染の腕に包まれた悟は、今まで誰にも相談出来なかったこの1ヶ月の出来事をようやく口にすることが出来た。




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