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緑の楽園 11話

<緑の楽園 11話>

 医務室で湿布を貼ってもらい痛み止めを飲むと、少し痛みがやわらぎ、部屋に着く頃にはミラリヤールの乱れた感情も落ち着いてきていた。しかし、落ち着いたからこそ自分の気持ちがはっきりしてしまった。
「……どうする?話す?」
 今夜は風呂を禁止されたミラリヤールに桶にお湯を張り体を拭くことを手伝っていたルリジオンは、背中を拭いてやりながら静かに問いかける。顔が見えない時に問いかけてくれるルリジオンの優しさを有り難く思いながら少し考えたミラリヤールは「聞いて…ほしい」と小さいながらはっきりとした口調で答えた。
「分かった。じゃあ、俺も風呂入ってくるから、その後ゆっくり話そう」
 拭き終わったルリジオンは、桶を片付ける為に部屋を出ていった。
 改めて自分の気持ちと向き直ったミラリヤールは、風呂から戻ったルリジオンが淹れてくれたお茶を「有り難う」と受け取ると、真っすぐ目を合わせ口を開いた。
「僕、ランディが好きなんだ」
「っ」
 寝台に並んで座りお茶に口をつけた途端のミラリヤールの告白にルリジオンはむせそうになる。すぐに茶器から口を離し、一口含んだお茶を飲み込むと驚いた眼差しを向けた。ルリジオンの眼差しを受け、小さく苦笑したミラリヤールは自分の気持ちを口にする。
「この前まで、ランディは大切な幼なじみだって思ってた。ううん、今もそうなんだけど……ランディが……その、緑の方と親しくしてるのを直接聞いたら胸が痛くなって」
 言いづらそうなのは、それはルリジオンも辛いことだからだ。気になって顔を見るとやはり少し歪んでいた。
「ごめん」
 そんな顔をさせてしまったことを謝ったミラリヤールにルリジオンは「なんでミラリヤールが謝るんだよ」と苦笑を向けると話を戻す。
「その胸の痛みで自分の気持ちに気づいたんだ?」
「う…ん」
 問われたミラリヤールはぎこちなく頷く。
「気づいたら、どんな顔していいのか分からなくなって……」
 今もランディエールを想うと胸がギュッとするミラリヤールは無意識に寝間着の胸元を掴む。
 しばらく沈黙が漂う。それを壊したのはルリジオンだった。
「ランディエール殿とミラリヤールが上手くいけば、緑の方は独りになるな」
 太ももに肘をつき両手を組んだ上に顎を置いたルリジオンの呟き。ミラリヤールは自分と同じように思ったルリジオンに視線を向ける。視線を感じたルリジオンは、はっとしたように背筋を伸ばすとばつが悪そうに「ごめん」と小さく謝る。その胸中はミラリヤールと同じだ。だからミラリヤールは首を横に振る。
「謝らないでよ、僕も同じこと思ったから」
 ミラリヤールの言葉にどう返していいのか戸惑うルリジオン。二人は同時に小さなため息を漏らした。
「相手が強敵すぎるよな」
「本当だよ。緑の方様と並んだら、僕なんかいいとこないよ」
「いや、ミラリヤールは可愛いって」
「可愛いって言われてもあんまり嬉しくない」
「でも、緑の方には可愛さないから、そこは勝負になるだろ」
「じゃあ、ルリジオンは綺麗さで勝負だね」
「いや、それこそあの水の近衛隊長様に綺麗さでなんか勝てないだろ」
「いや、綺麗さはルリジオンの方が上だよ」
 互いにどうやったら相手に勝てるのかを模索し始めた二人だが、途中から褒め合いになり恥ずかしくなる。
「……別に外見で選んだわけじゃないだろうしね」
「だよな」
 今度は大きなため息を同時に漏らした二人だったが、しばらくすると笑い出す。なにが可笑しいというわけではない。ただ、様々な感情が揺れ、なんだか可笑しくなったのだ。
 ひとしきり笑った後、ミラリヤールはどこか吹っ切れた眼差しをルリジオンに向けた。
「でもね、こうやって悩んで……たぶん、苦しいこともこれから沢山あるんだろうけど。もうランディから離れるのは嫌なんだ」
 その瞳は凛としていて、ルリジオンは羨ましく思う。この真っ直ぐさは、散々汚されたルリジオンには持てない。それでも。
「俺も……離れたくない」
 近くに存在を感じてしまった今、研修が終わった後、再び距離を感じたくなかった。なんとしても少しでも距離を戻したかった。
「頑張ろうな」
 だから、再び二人は前を向く為に互いに協力を約束する。
「俺が二人きりにさせてやるからな」
 だが、その言葉にミラリヤールは慌てる。
「駄目! 二人きりとか無理!」
「おい、さっきの勢いはどうした」
「でも、緊張するよ。……ルリジオンは緑の方と二人きりになっても緊張しない?」
 からかうように突っ込んだルリジオンだったが、問われて先日の月見の時間を思い出す。
 嬉しくもあった時間だが。
「確かに緊張するな」
 大人になってきたからこそ、変な緊張を感じるようになる。体の異変を感じとられないよう気を張っていて緊張する上、変な態度をして嫌われたくないという緊張もある。ルリジオン自身は自分の想いが恋愛感情なのかまだ良く分かっていないが、緑の方がこの世で一番大切な存在なのは確かだった。
「じゃあ、なるべく側にいて、なおかつ二人の時間を作ってやろう……ってなんか難しいな」
 ミラリヤールの気持ちを察して、慎重に動こうと計画するが中々難しい。
「……そんなに気を使わないでいいよ。ランディと会えるのはきっと特別図書館くらいだし。その時に一緒にいてくれれば大丈夫。それに明後日からは視察だから少し時間空くしね」
 腕を組んで考え出したルリジオンに笑顔を向けながら告げたミラリヤールの言葉に、大事な研修内容を思い出す。
「分かった。図書館ではしばらく側にいる。それより視察だよな。明日同行に入れるか発表あるんだよな」
 緑の方は月に一度、四つの領地の結界に綻びがないか視察に赴く。緑の方の四大元素結界を地面に張ると他の元素が入り込み、純粋な元素が生まれにくくなる可能性がある為、空中にしか四大元素結界は張れない。その四大元素結界に綻びがあれば簡単に魔族の侵入を許してしまう。その為、この視察はかなり重要視されていた。
 視察には研修期間の生徒も同行することになっているが、全員同時ではなく四回に分けられ、第一陣の発表が明日ある。研修期間中、必ず同行出来るとはいえ、他の生徒が見た緑の方の仕事風景を自分が見ていないことが嫌なルリジオンは第一陣に入りたいと手を握る。だが、はっとミラリヤールの手首の怪我を思い出すと眉を下げた。
「ミラリヤールは今回選ばれても辞退して次に回してもらった方がいいよ」
 いくら研修とはいえ、万が一の時には緑の方を守る為に戦闘になるかもしれないのだ。結界の中に魔族は入れない筈だが、辺境では地面から入り込む魔族が少数だがいる。地面から入った魔族は地上に出た時に近衛隊長が張った元素結界に触れ、警備兵に捕らわれるか殺される。しかし、今回の視察は唯一元素結界がなされていない北の領地だ。
 ミラリヤールの兄がいなくなってから純粋なる元素を持つ者はミラリヤールしかおらず、そのミラリヤールが力を解放出来ない為、緑の方の空中結界でしか守られていないこの地は、一番危険な視察だと言われている。
 だが、自分の一族の領地だからこそミラリヤールは行きたがるだろうな、とルリジオンは困り顔だ。
 案の定――。
「怪我のことは黙ってて」
 手首を掴み強い口調で訴えるミラリヤールに説得は無理だろうな、と分かっているルリジオンだ。
「選考から外れたら仕方ないけど……でも辺境には一度も行ったことがないから、行きたいんだ」
 北の領地の辺境。それはミラリヤールの兄が消息を絶った場所であり……ルリジオンが魔族に襲われた場所だった。
 今は立ち入り禁止区域になっている為、兄の消息を探しに行きたくてもいけない場所だ。どんな場所なのかどうしても見たかった。
「……分かった。視察はおそらく二人一組だ。選ばれるなら俺達二人同時に選ばれる筈だ。そうなったら、絶対に俺から離れないようにな」
「ルリジオン」
 顔を上げたミラリヤールの瞳が潤んでいてルリジオンは苦笑する。
「でも、問題の地に俺達が選ばれるか、分からないけどな」
「そう、だね。……ルリジオンは大丈夫?」
 ルリジオンの優しい言葉に感じ入っていたミラリヤールだったが、その地はルリジオンにとって嫌な思いを持つ土地だと気遣う。
「うん?」
「あの場所……嫌でしょ?」
 運命を狂わされた場所だ。本当は行きたくないのでは?
「……嫌っていうか…」
 ミラリヤールの気遣う言葉を理解すると視線を宙に投げる。
「……確かにあの時、魔族に襲われなかったらもっと平和な人生だったんだろうけど。……でも、リュミ様と一緒に暮らせなかったんだよなって考えると、その方が嫌だな」
 その言葉が偽りでないことは緑の方との生活を思い出しているのか、ルリジオンの柔らかい表情で分かる。
「だから、気にしなくて大丈夫。それに前から気になってたんだ。どうやって魔族が入り込んだのか」
 世間ではミラリヤールの兄が手引きしたと思われているが、それはあり得ないとルリジオンは思っていた。ミラリヤールの兄がそんなことをするわけがない、と兄本人を知らなくてもミラリヤールを見ていれば断言出来た。
「……ミラリヤールも調べるつもりだろ?」
 自分以上にその事を気にしているだろう友人に静かに問いかける。
 ミラリヤールは静かに頷いた。
「今、その場所がどうなっているかは分からない。だけど、兄上の元素結界の名残を僕なら見つけられるかもしれない。…それが内側から解いたのか、外から破かれたのか……解れがなければ……魔族は違う領地から北の領地に入ったことになる」
 最後の言葉は慎重に口にした。
 他の領地から入り込んだ=他の元素結界が破られたということだが、そんな報告は当時なかった。ならば――何かの思惑が働いているかもしれない、とミラリヤールは考えたのだ。
 ルリジオンは少し考えると、やはり慎重に口にした。
「今日、調べた中に当時の議事録をまとめた資料があった」
 ミラリヤールは思わぬ内容に身を乗り出す。
「そこには、緑の方が調べにその場に赴くと言われたが、危険だからと却下され、大臣と近衛隊長が確認して終わったと記してあった。緑の方に行かれたらまずい何かがあったかは、分からない」
 確かに唯一無二の存在の緑の方を危険な場所に向かわせることを反対するのは当然だ。その議事録を読んでもおかしくは感じなかった。
「……当時、ミラリヤールの兄上がいなくなって得をした者はいないよな?」
 もしミラリヤールの兄を罠にかけた者がいるならばその件で得をした者が怪しいが、そんな者はいない上、近衛隊長が一人少ない現在、この国はかなり不安定だ。
「うん、誰も得はしてない。北の領地も僕の力が解放されるのを待つというご慈悲で代理を立てるに留めて下さっている。……だけど、どうしても兄上が魔族を引き入れたなんて信じられないんだ!」
 普段おとなしいミラリヤールの強い口調と握られた拳が震えている様子にルリジオンは手を伸ばすと手首に湿布を貼る。
「とにかく少しでもこの怪我を良くしないとな」
 感情が高ぶっていたミラリヤールは冷たい感触に我に返る。
「ぁ…ごめん」
「ミラリヤールが謝ることなんかないだろ。……俺の事、諦めないで調べてくれるって言ってくれて俺は前を向けた。だからさ、俺も出来る限りミラリヤールの兄上の事、調べてみるから」
 手首から視線を上げたルリジオンにミラリヤールは潤んだ涙を見られないよう目を瞑る。
「あり、がと」
 感謝の言葉には隠しきれない震えがある。それに気づいていないふりをし、再び手首に視線を下ろしたルリジオンは、湿布の上に丁寧に包帯を巻いた。

 翌日、二人は無事に視察同行を告げられた。しかし、いざ当日は配置された位置はなんとも中途半端な場所だった。
 緑の方より前方であり、襲撃などがあった時、壁になる位置。しかし、それより前方には風の近衛隊長率いる一軍がいる為、ルリジオン達は本当に『同行』しているだけだった。だが、この配置は当然といえば当然だ。未来の兵士達を最前線に置き、大勢の犠牲でも出れば緑の国の未来に陰りを差す。かといって緑の方の周囲を任すわけにはいかない。
 ルリジオン達研修兵士達は、前を風の近衛隊長軍。後ろを緑の方を守る水と火の近衛隊長軍に守られるように進んでいた。
 それでも研修兵士達は、緊張とやる気に満ち表情は明るかった。
 移動は馬と馬車だ。緑の方一人なら自分の結界道が一番安全だが、国のお偉方の体面もある為、馬車に揺られ守られていた。
 だいぶ後方とはいえ、背後に緑の方が居ると思うと手綱を握る手に力が入るルリジオンだ。隣を行くミラリヤールは同じ馬車に乗るランディエールを意識して緊張しているものの、元が真面目な為、教官である近衛兵士の指示を頭で何度も繰り返していた。
『もしも魔族の襲撃があった場合、決して立ち向かうな。正式な近衛兵士に就任した場合は命に代えても緑の方をお守りするが、そなた達を人質に取られた場合が一番危険だ。周囲の近衛兵士の指示に従い避難するよう』
 万が一の場合、逃げろと言われ戸惑った生徒達だったが、足手まといだと言われれば大人しく納得するしかなかった。とはいえ、まさか魔族が襲ってくると思っている生徒はいなかったが。
 早朝出立した一行が北の領地に入り、曰く付きの場所に辿り着いたのは日が山の頂きの上に差し掛かる頃だった。
 魔族が現れた場所、と聞き暗い印象を持っていた生徒達だったが、広い沼を美しい草花が囲んでいる。その美しい光景に戸惑う者が多かった。
「まずは風の近衛隊長一行が周囲を確かめる。我々はここで待機だ」
 沼に向かう坂道で足を止められた生徒達。その後ろでは緑の方を守る水と火の近衛隊長が左右に分かれ包囲網を張る。その様子を食い入るように、憧れの眼差しで見つめる生徒達の中にはルリジオンとミラリヤールの瞳もあった。
 しばらくするとトルナードが宙を飛び、緑の方に向かう。危険がない、との報告に向かったのだろう、馬車の中から緑の方が降り立った。
 研修で緑の城に滞在していても緑の方の姿を見たのは初日の挨拶の時だけの生徒からは感嘆の声が漏れ聞こえる。
 風、水、火の近衛隊長に守られ沼に向かう緑の方を通す為、生徒達が端により自然と道が出来る。ルリジオンとミラリヤールは位置的に人垣に紛れてしまった為、背伸びをして大切な人の姿を追う。
「ミラリヤール、見えたか?」
「…頭だけ」
 自分も横顔がちらりと見えただけだったルリジオンは背が低いミラリヤールを気にして問いかけると、やはり少し残念そうな声音だった。
「でも仕方ないから」
 だがすぐに気持ちを切り替えたミラリヤールに頷くと、緑の方が沼に魔族の気配がないかの検証する姿を見ようと意識を切り替えた。
 坂道になっている為、多少距離はあっても姿が見える。
 ルリジオン達は、沼を囲むよう配置される。
 沼は苔が多いのか、深い緑が美しく中が見えない。その中を、土の元素が体内に少ない現在、水の元素で沼の中を探った緑の方は振り返ると頷いた。
 その様子で魔族の瘴気は感じられなかった、と周囲は察し緊張が解かれる。やはり緊張していたルリジオンとミラリヤールも肩から力を抜くと互いに顔を見合せ小さく笑みを浮かべた。そんな二人の横から「良かったな」と声がかかった。
「ギャドー」
 振り返ると同級生のギャドーが手を振りながら近寄ってくる。
 二人とは仲が良いギャドーだったが、研修では別の組になっていた為、最近顔を合わせていなかったのだが、今回は同じ割り振りだったようだ。
「俺は緑の方の直前の配置だったから来るまでの道のり、すごく緊張したわ」
 その配置にいいな、と思った二人だ。
「でも、この後は少し自由時間あるからさ、お前らの姿見えたからこっちまで来たんだ」
 そうなのだ。この後、昼食の時間になる為、休憩は自由時間になる。その時間を利用して二人はミラリヤールの兄の事を調べるつもりだった。
「……俺達、昼はさっさと食べて周りを探索するつもりだけど」
「うん? ……ああ、もしかして調べるのか?」
 何を、とは言わないが視線がミラリヤールに向いた為、内容は察したようだ。そして、ためらいもなく告げる。
「いいぜ、俺も手伝うから」
「え?」
 あまりに簡単に言われ、ミラリヤールは戸惑う。ギャドーはそんなミラリヤールに笑顔を向ける。
「ミラリヤールを知ってる奴は、お前の兄上がそんなことしないんじゃないかって思ってる奴、多いと思う」
 表立って庇うことはなかなか出来ないが、と最後は苦笑を混ぜる。それでも、その言葉にミラリヤールは泣きそうになりながら笑顔を浮かべる。
「あ、りがとう」
 そんなミラリヤールを見た後、ルリジオンとギャドーは視線で微笑み合った。








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