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緑の楽園 10話

<緑の楽園 10話>
 




 翌夜。ミラリヤールとルリジオンは研修後に時間を取ってくれたランディエールと特別図書館の前で待ち合わせることになっていた。昨夜のことは二人とも記憶が曖昧で、気がついたら朝、自室で目が覚めていた。
 ルリジオンは緑の方の意識操作により婀娜花で乱れた記憶は封じられ、酒に酔い眠ってしまった為、部屋に運ばれたことになっている。
 ミラリヤールは酒に弱かった為、記憶がないことは素直に納得した。ただ二人とも、大切な人との時間を酔って台無しにしたことに落ち込み一日を過ごした。その為、剣術が得意なルリジオンが負ける筈がない同級生に負け、苦手なミラリヤールは手首を痛めてしまっていた。我慢強いミラリヤールは怪我を隠した為、誰にも気づかれていないが、これから会うランディエールに悟られないよう袖を伸ばして微かに腫れている手首を見えないよう隠した。
 特別図書館は緑の方の部屋がある階の為、一般人は立ち入れない。階段を上った場所に近衛兵士が二人おり、通行許可書を確認される。ルリジオンは城を出て初めて訪れた時、許可書を渡されていた。幼い頃から城に住んでいたルリジオンは、それを使わなければ緑の方の部屋がある階にすらいけないのだ、と知った時には本当に緑の方との距離は遠くなってしまったのだと実感し寂しさが強くなった。
 今でもその思いは強い。しかも今夜、この階を守る近衛兵士は幼い頃から何度も顔を合わせたことがある者だったが、それでも許可書を求められた。しかし許可書を確認されている時にカツカツとした足音が聞こえ振り向いた先にいたランディエールが階段を上がりきり、二人に視線を流して先に進もうとしても止められない光景に悔しくなる。近衛隊長なのだから当たり前だと思うが、自分との差を見せつけられ奥歯を噛む。それでも、少し前の自分からしたらここに居られるだけで良いと思わねば、と苦い思いを胸の奥に隠すと許可書を出して先に進み、ミラリヤールも緊張しながら許可書を出すと遅れまい、と先を行く二人を小走りで追いかけた。
 特別図書館の扉は天井まである為、かなり重厚な造りだ。それを片手で開いたランディエールは入り口付近の司書に使用許可書を見せる。さすがにこの中を見るには近衛隊長といえど許可が必要だった。
「水の近衛隊長、他二名。確かに緑の方の許可が下りておりますのでご自由にどうぞ。ただし閉館まで四刻です。施錠後は中からは開きませんので、時間厳守で退館してください」
 わざわざ探して退館を促しはしないと言われた三人は頷くと中を進んだ。
 ルリジオンとミラリヤールは膨大な量に唖然としておりキョロキョロと視線をさ迷わせながら小声で話す。
「……ミラリヤール…これ調べるの、研修期間内じゃ無理だろ」
「うん…じゃない! 大丈夫!僕、文系は強いから!」
 弱気になったルリジオンに同調しそうになったミラリヤールだが、自分の得意分野だと力強く拳を握る。その拳の中の手は苦手な剣術によって豆が潰れ痛々しい有り様な上、力を入れると手首が痛む。それでも眼差しは明るかった。
「……そうだよな、やる前から諦めるわけにはいかないよな」
 当事者が最初から弱気になってどうする、と背筋を伸ばしたルリジオンはまず棚ごとに種類を説明してある札を見上げる。
 二人の目的は婀娜花の対処法だ。しかし、ランディエールにはミラリヤールの力の解放を見つける為と言ってある。ランディエールに不審に思われずに婀娜花を調べる為に二人は分かれて探すことを打ち合わせしていた。
「ランディ、好きなように見ていいんだよね?」
「…ああ」
 振り返り確認したミラリヤールに、ランディエールの返事が一瞬遅れる。
 二人の仲の良さを間近で見てしまい、想像以上に動揺したのだ。
 それを無表情の下に押し隠す。
「じゃあ、ルリジオンはあっち探して。僕はこの奥を見てみるから」
 ランディエールの許可をもらったミラリヤールがルリジオンには右の植物系と地系が重なる場所を指さし、自分は魔界との境界線と示された場所に進もうと提案した。
 何故そこを選ぶ? と問われたら力の解放を調べる為だから、何から手をつけていいか分からないから、勘だと答えるつもりのミラリヤールだが、内心ランディエールに問われたらと緊張していた。
「…では私はあちらを探そう。ただし、時間になったら入り口に向かうこと」
 しかしミラリヤールの心配は杞憂に終わり、ランディエールはルリジオンとは逆側に足を向けた。
 二人は視線を合わせ、ほっとすると小さく頷き合い、目的を達成すべく足を進めた。

 図書館は絨毯が敷かれている為、音を響かせない。他に人がいる気配がしない広い室内にどこか落ち着かなく感じながらもミラリヤールは植物系の棚の一番奥にたどり着くと首が痛くなるほど見上げなければならない本棚の前で視線を流す。
 ルリジオンは風の元素が使える為、宙に浮くことが出来るがミラリヤールには無理だ。脚立を見つけるとそれを持って来て、まず一番上を見ることにした。
「婀娜花…あった」
 婀娜花の資料本が集まる一角を見つけるとランディエールがいないことを確かめ手にする。
 ミラリヤールは文系に秀でている為、速読はかなり優秀だ。さっと目を通すとそのページごと記憶出来ると以前ルリジオンに説明した時にはかなり驚愕された上、何度も教師にも兵士ではなく文官に進むよう勧められるほどだ。
 今はその天才的な速読で次々に本を読んでいった。
「やっぱりありきたりなことしか書いてないな」
 かなりの冊数を読み終えたミラリヤールはかなり集中していた為、目を押して疲れを取りながら呟く。まったく収穫がなかった為、細くため息をついたミラリヤールだったが「まだ始めたばかり」と気合いを入れ直すと新たな本に手を伸ばそうとするが、脚立を移動させないと手が届かない位置だった。しかし時間が惜しいミラリヤールは身を乗り出し細い手を伸ばして本を抜き出す。
「っ――あっ!」
 しかし痛めた手首が厚い本の重さに耐えきれず手に力が入らない。落としそうになり慌てたミラリヤールは左手も伸ばす。ただでさえ乗り出していた体はバランスを崩して脚立ごと倒れていく。自分の背丈より何倍も高い場所から落ちる感覚に目を瞑ったミラリヤールだったが、図書館に施された結界は騒音になり得る要素は吸収する為、脚立の勢いも遅くなり、倒れた衝撃も弱く怪我はしなかった。だが、床についた手首が痛めた手首だった為、走った痛みに体を丸める。
「ミル? どうした?」
 脚立が倒れる音はしなかったが、ミラリヤールが上げた声はどうやらあまり離れていなかったランディエールには聞こえたようだ。声をかけながらこちらに来る気配を感じる。
 ミラリヤールは咄嗟に婀娜花の本を下の段に強引に押し込む。その動きだけでも激痛が走る手首の痛みは取り繕うことが出来ない程だった。
「ミル!」
 ミラリヤールがいる通路に姿を見せたランディエールは、倒れた脚立と床に座りこむミラリヤールに何が起きたかすぐに察し駆け寄る。右手首を左手で押さえているミラリヤールに「痛めたのか?」とそっと左手を外させると、腫れた様子に眉を寄せる。咄嗟に手を引こうとするミラリヤールだったが、肘を掴まれ動かせない。
「動かすな」
 その上、低い声を向けられ抵抗出来ない。しかも握っていた手を開かされ潰れた豆を見られ、情けなくて俯く。
 そんなミラリヤールの手首を撫で、水の元素を集めて冷やすランディエールはしばらく黙っていたが、痛みが和らぎ始めた頃、静かな声音を向けた。
「お前には剣術より弓矢の方が向いている筈だ」
「え?」
 思わぬ言葉に顔を上げたミラリヤールは、自分を見つめる――他人には無表情に見えても、自分を気遣ってくれていることが分かるランディエールの眼差しに息を止める。
 昔は良くこんな眼差しを向けてくれた。兄がいなくなり、近衛隊長に適正な能力を発揮出来ず落ち込むミラリヤールを静かに励ましてくれた幼馴染み。元々の性格からか、あからさまな励まし方ではなかったが、ミラリヤールの良さを認めてくれるランディエールに何度も勇気づけられた。
 それが三年前、近衛隊長の就任後に変わった時、深く傷つき……緑の方との噂を聞いた時、なんとしても緑の方を守れる力を手に入れたいと思った。
 ランディエールが大切に想う方を守れれば、近衛隊長に相応しいと認めてもらえれば、前のようになれると思ったから。
 しかし、この眼差しを今一度向けられたミラリヤールは自分の中に沸き上がる気持ちに戸惑う。
 それは、安堵と歓喜だけではなかった。
 ずっとこの眼差しを向けられたい。
 その想いは子供の頃のような可愛いものではないと悟ってしまった。
(なにを…)
 ミラリヤールは自分の感情に戸惑い腕を引こうとするが肘を掴まれている為、叶わない。
「あ、有り難う」
 ランディエールの吸い込まれそうな青い瞳から逃げるように視線を下に向けるミラリヤールは励ましてくれたことに礼を言うと、沈黙を怖がって思い付くまま口を開く。
「でも、近衛隊長になるには剣術で合格判定もらえないと駄目だよね? 三日後の緑の方の視察にはランディも行くの? 僕達もお供出来るみたいで緊張するけど楽しみなんだ」
 問いかけながらも答えを待たずに会話を続けるミラリヤールははたから見たらおかしな態度だ。当然、ランディエールも怪訝な表情だったが、ミラリヤールの耳が赤くなっていることに気づくと目を細めて左手を伸ばす。
「っ、ラ、ランディ!?」
 いきなり耳朶を摘ままれたミラリヤールは顔を上げると真ん丸に開いた茶色い瞳を向けてくる。
「赤いから熱でも出たかと思ってな」
「ち、ちがうよ! こ、これは、えっと」
 摘ままれた耳朶が余計に熱くなる。耳朶だけではない。顔も真っ赤になっているであろう熱さだ。
 こんな風になったことがないミラリヤールはどうしていいか分からず逃げようとするが、背後は本棚で前にはランディエール。逃げ場などない。しかもランディエールはやけに楽しそうな眼差しで見つめながら距離を詰めてくる。
「顔もこんなに赤くして、やはり熱でもあるのか」
 しまいには額を合わせてくる。
 目の前に、睫毛が触れそうな距離にランディエールの顔がある。
 ミラリヤールは息を止めて固まった。
「額も顔も……ああ、首も熱いな」
 抵抗出来ないミラリヤールの制服をはだけ、首筋にも手を這わすランディエールは見たことがない眼差しになっている。
 冷たいような、いや熱いのか? とにかくこんな眼差しのランディエールは知らないミラリヤールはギュッと目を瞑る。
「ラ、ランディ大丈夫だから、あの…離れて」
 これ以上は許容範囲外なミラリヤールが震える声で懇願すると、はっとしたようにランディエールが動きを止める。
 強く目を瞑ったミラリヤールに分からないよう、息を整えながらも名残惜しそうにもう一度首筋を撫でる。
「ンッ」
 甘い吐息が漏れてしまったミラリヤールはビックリして目を開くと自分の口を押さえる。
 その動きで痛みが再発した為、息を呑んで顔をしかめる。
 ランディエールは自分を落ち着かせるよう息を整えるとそっと離れてる。
「…きちんと処置をしないと緑の方の視察に同行出来なくなる。この後、医務室に寄るぞ」
 ランディエールが離れて出来た空間に、楽に息が吸えるがどこか淋しさもまとわりつく。そんな自分に戸惑うミラリヤールは立ち上がり脚立を直すランディエールに慌てる。
「ごめん、僕やるよ」
「気にするな、それよりそろそろ閉館時間だから行くぞ」
 脚立を軽々持ち上げ元の位置に置きに行きながら告げたランディエールの言葉に、いつの間にそんなに時間が経っていたんだと驚く。振り返ったランディエールは小さく笑う。
「ミルは昔から本に没頭すると時間を忘れるからな」
 行くぞと前に立って歩きだしたランディエールの何気ない言葉にミラリヤールの胸がざわめく。
 昔のことを柔らかい声音で話してくれるランディエールが嬉しい。
 だが――
「緑の方もお前と同じくらい読書家だから、機会があったら話してみたらいい」
 やはり柔らかい声音のまま口にした人物の名に、ミラリヤールの胸に違う感情が起きる。
 自分に合わせてゆっくり歩いてくれるランディエールの背中を追いかけるミラリヤールは手首を胸元で支えながら気持ちをなだめるように自分に言い聞かせる。
「…そんなんじゃないって言ったのに」
 呟きはかつて自分がルリジオンに告げた言葉が違っていたから。
(……ランディのこと…そんな風な好きじゃないって……)
 自分がランディエールに向ける感情は幼馴染みとしての大切な存在を取り戻したいものだと思っていた。
 だが、今、胸に沸き上がる……この醜い感情は、嫉妬だと気づいてしまった。
 緑の方のことを優しい声音で話すランディエールが嫌だと思ってしまった。
 気づいてしまった気持ちに乱れたミラリヤールの足取りは重い。
「ミル? どうした、痛むのか?」
 気づいたランディエールが立ち止まり戻ってくれる。磨かれた靴がこちらに来る。ミラリヤールは小さく息を整えと顔を上げて小さく笑いかけた。
「大丈夫。…医務室はルリジオンに聞けば分かるよね。今日は有り難う」
 暗に医務室にはルリジオンと行く、とランディエールの同行を断るミラリヤールにそれまでの柔らかい気配が変化する。
「……そうだな。ルリジオン殿なら分かるだろう。…次の観覧はどうする?」
「あ…うん」
 今夜はこれ以上ランディエールと共にいられないと思ったミラリヤールだったが、特別図書館に通うことを止めるわけにはいかないと思い出す。
「あ、の…ランディが都合の良い時に…またお願いしてもいいかな?」
 次はルリジオンと近くで探そうと決める。ランディエールと二人きりにならなければこの乱れた気持ちも抑えられる筈だ、いや、絶対に抑えなければ。これ以上大きくしないようにしないと、と自分に言い聞かせる。
 自分が持ってしまった感情は緑の方を大切に想うランディエールにとっては必要ないものだから。
(……でも、緑の方がルリジオンの方を向いてくれたら…)
 そうしたら自分の想いが叶う可能性もあるかも、と思ってしまったミラリヤールは自分の考えに自己嫌悪を持つ。
(ルリジオンの大切な想いを利用しようとするなんて)
 今まで負の感情を持ったことがなかったミラリヤールは自分が汚い人間になったようで顔を歪める。
「ミル?」
 そのミラリヤールの表情はランディエールが見たことがないもので、心配そうに眉を寄せる。
 声音にも心配気な色が混ざった為、ミラリヤールは気持ちを隠くし手首を撫でると「早く医務室に行くね」痛みのせいで態度がおかしいのだと思ってもらう言葉を向ける。どこか探るような眼差しを向けたランディエールだったが、自分の元素で冷やしても腫れが退かない手首にそれ以上追求することは止めた。
 入り口に向かうとすでにルリジオンが待っていた。
「良かった。もう閉めるっていうから探しに行こうと思ってたんだ」
 二人とも遅いからハラハラした、と言いながら近寄ったルリジオンにミラリヤールは小走りで向かう。そんなミラリヤールにどうした? と怪訝な眼差しを向けたルリジオンだったが手首を支えている様子に視線を向けると目を見張る。
「ちょ、お前どうしたんだ、これ!?」
 支えていた左手を外させたルリジオンは痛そうな手首に顔をしかめる。
「ちょっと…ね」
 研修で怪我をしたと思われたくないし、脚立から落ちたと言えば自分のことを調べる為に怪我をしたとルリジオンが気にするだろうと濁す。
「ちょっとって……とにかく医務室行くぞ」
 理由が気になったが口を引き結ぶミラリヤールに絶対言わないな、と思ったルリジオンはとにかく治療しなければと判断すると一刻も早く医務室に、と図書館を出ようとする。
「ぁ…えっと」
 だが、ランディエールの存在を思い出すとどうしようと足を止める。
「……ミル、研修までは安静にしろ。ここの観覧はまた連絡する」
 ランディエールは短く告げると先に出ていった。
 長い銀の髪が揺れる背中を見送ったルリジオンは、一瞬向けられた冷たい瞳に眉を寄せたが、ふと思い返し「ミル?」と首を傾げる。
「ああ、ミラリヤールだからミルか。なんだかんだ、親しげだな」
 あのランディエールが愛称で呼んだことがかなり意外だったが、意外だからこそミラリヤールは特別なんだな、と嬉しくなって笑顔を向ける。しかし、そこにあった辛そうな……手首の痛みではないと明らかに分かる乱れる感情を必死に抑えているミラリヤールの表情に戸惑う。
「どうした?」
「ルリジオン……どうしよう……」
 問いかけに泣きそうな表情を向けたミラリヤールに驚いたルリジオンだったが「もう閉めます」という司書の言葉を聞き外に促した。
 廊下に出ると俯いたミラリヤールを見下ろし少し考えると手を伸ばし頭に手を置く。
「部屋で聞くから」
 優しい声音にミラリヤールは小さく頷く。
 ルリジオンはミラリヤールの顔を見ないよう先に足を踏み出した。






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