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緑の楽園 6話

<緑の楽園 6話>





 研修は午前中に近衛兵との訓練試合をし、まだまだ未熟な己達を知る。午後は文官から書類整理を習う。この期間で本格的に近衛兵になるか文官になるか決める為、生徒は真剣だ。
 そして、日が暮れる頃に一日の研修が終わる。これを三か月の研修期間繰り返すことになる。
 一週目の研修を終え明日は休みの生徒達が夕食をとる食堂は普段よりも騒がしい。初めて本物の近衛兵士から指南を受け、興奮している生徒や逆に進路変更を考える生徒の浮き立つ感情が広がっている。
 そんな生徒に混ざり、ルリジオンは目の前でナイフとフォークを持ちながらうつらうつらしている友人に苦笑を向ける。
「ミラリヤールさ、お前は力を解放出来ても文官の方が向いてるんじゃないか?」
 ルリジオンの声にはっと背筋を伸ばしたミラリヤールは体力がついていかず、午前中の試合でも最下位だった。しかし、午後の書類整理ではてきぱきとした動きで分かりやすくまとめ、書類の間違いまで発見していた。誰が見ても適正は文官だ。しかし、近衛隊長を目指すミラリヤールの選択肢は近衛兵士のみ。しかし、今も疲労から座ったまま瞼が落ちてしまっていた。
「体力付けるから大丈夫!」
 眠気を払うように頭をふったミラリヤールは、皿に乗った大きな肉の塊をナイフで切る。しかし、半分も食べないうちに手の動きが止まってしまう。それを見たルリジオンはひょいっと自分の皿に肉を移し、変わりにデザートの果実を乗せる。
「まぁ、お互い諦めずに頑張ろうな」
 軽く言いながら肉を食べるルリジオンにミラリヤールは小さく呟く。
「そんなに細いのに…どこに入るんだろ」
 その呟きは聞こえなかったのか、ルリジオンは行儀良く、しかしあっという間に肉を食べ終わる。
「さて、夜は自由行動だな。ミラリヤールは何がしたい?」
 自分と共に居てくれるというミラリヤールの行動を優先させるつもりのルリジオンの問いに少し考える。
「ルリジオンのお気に入りの場所ってある?」
「…城の中でか?」
「庭でもいいけど」
 幼い頃から何年も住んでいたルリジオンに案内を頼みたいと申し出たミラリヤールに斜め上を見ながら少し考えたルリジオンは、いいぜ、と頷くとミラリヤールの分の食器も合わせて持つと立ち上がる。
「ルリジオン、大丈夫だよ」
 慌てて追いかけるミラリヤールを振り向きながらルリジオンは明るい笑顔を向ける。
「いいって。ミラリヤールのお陰で思い出せた。今日満月だろ、すごくいい場所があるんだよ」
 そこに連れて行く、といつもよりどこか幼く感じる笑顔で告げたルリジオンにミラリヤールは目を細めると小走りで後を追った。

「ルリジオン、ここって入っていいの?」
 ルリジオンが案内したのは、城の中庭を越えバラ園を越えた先にあるあずまやだった。
 草が繁っているが、ルリジオンが微かに力を出して避けさせている為、足元は危なくない。しかし、こんな奥地に一般人の学生が入り込んでいいのか、と恐々とした声だ。
「…昔だけど、緑の方様に許可はもらってるから……今でも有効かは分からないけど」
 言葉尻は寂しそうになってしまったが、振り向いたルリジオンは「怒られたらごめんな」と悪戯っ子の笑みを向ける。強がりな笑顔の胸中に気づかぬふりをし、ミラリヤールはわざと膨れっ面を作る。
「え~、怒られたらルリジオンのせいだからね」
「いや、その時は連帯責任で」
 最初はわざとらしく、だが途中からは普段の親しげな友人のやり取りで夜道を進む。
 しばらく背の高い樹木に囲まれていた林を歩く為、月明かりが届かずミラリヤールは自然小走りになる。
「なんだよ、怖いのか?」
「こ、怖くなんかないよ!」
 しかし、横を向き動物の光る瞳を見てギュッと目を瞑る。目を瞑ったまま歩けばさすがに危ない。
「わっ」
 小さな声を上げて転びそうになったミラリヤールの腕を咄嗟に掴み支えたルリジオンが「まぁ、俺も子供の時は怖かったしな」と言いながら腕を離さず進む。
「べ、別に怖くないよ…」
 言葉尻が小さくなってしまうのは、暗闇が苦手なのは本当だからだ。
 子供の頃に親を無くし兄は近衛隊長としての任務でいないことが多く、一人で過ごす夜が怖くて仕方なかった思い出が、成長した今でも苦手意識として残っていた。
 ミラリヤールの声音が寂しそうになったことに気づいたルリジオンは、それ以上は何も言わず手を繋いだまま足を進めた。
 林を抜けると真っ暗だった空がいきなり現れ、大きく輝く満月に迎えられた。
 ルリジオンは見たかった光景に目を細めるが、隣のミラリヤールが俯き足元を見ていた為、小さく笑い声をかける。
「ミラリヤール、上見て」
 柔らかい声に恐る恐る視線を上げれば月明かりで草木が輝いている。その光を降り注いでいる満月を見上げたミラリヤールは思わず声を上げる。
「う…わぁ」
 子供のようなあどけない表情と声で満月を見上げるミラリヤールにルリジオンは「すごいだろ」と少し自慢気だ。
「うん! すごいね!」
 満面の笑みで返したミラリヤールに笑顔を深めたルリジオンは手を離すと少し先のあずまやを目指す。
「あそこでリュミ様……緑の方とよく月見したり、午後の執務を抜け出しておやつ食べたりしたんだ」
 思わず昔許してもらった名前を口にしたルリジオンはすぐに言い直しながらも、懐かしい響きで当時を語る。
「緑の方ってああ見えてたまに執務が飽きたって駄々こねるんだ」
 語るルリジオンの声音から、どれほどその時が幸せだったのか感じる。それを感じミラリヤールの眼差しが細められる。
 大切な思い出を持ちながら、今、その思い出が遠い気持ちが良く分かるから。
「でも、さぼって怒られなかったの?」
 だから、当時のことをあまり話せないだろうルリジオンに語らせるつもりで促す。
「急ぎの仕事は済ませてたし、ちゃんと結界と執務室を繋いでたから、緊急な時には分かるようにしてたんだって」
 悪知恵働くよな、と笑顔で振り返ったルリジオンに笑顔を向けたミラリヤールだったが、その姿がいきなりぼやけて薄くなっていくことに気づくと慌てて駆け寄る。
「ルリジオン!?」
 ミラリヤールの焦った表情に不思議そうな顔を浮かべたルリジオンだったが、手を掴もうとした瞬間、空気に溶けるように姿が消えてしまった。
「ルリジオン!?」
 声を上げて辺りを見回してもどこにも見当たらない。ミラリヤールは慌てふためいてあちこち探す。そして、知らぬ間に林の中に入っていった。


「あ、れ?」
 驚いた顔のミラリヤールが手を伸ばした為、その手を掴もうとしたルリジオンだったが、まるで空気に遮られるように手が消えた。焦ったルリジオンが辺りを見回すと、先ほどまで誰もいなかったあずまやの長椅子に誰かが座っていた。
「っ…リュミ様…」
 腰までの金と銀が混ざった髪。背中を向けていても誰か分かるルリジオンは思わず昔呼んでいた名前でその人の名前を呼ぶ。するとゆっくり振り返った琥珀色の瞳が真っ直ぐこちらを見た。
 その瞳の確かさにルリジオンは思わず足を止める。
 ここ何年も、緑の方として、魔族の瘴気が再発していないかを確かめる役目としてしか自分を見てくれなかった瞳が、真っ直ぐ『自分』を見てくれている、と感じたルリジオンに嬉しさと……怯えが沸き上がる。
 自分を見てくれて嬉しい。しかし、先日の出来事を感じ取られてしまったら、と思わず後退る。
 そんなルリジオンに立ち上がって近寄った緑の方は、目の前に来るとルリジオンの金糸の髪を耳にかけながら問いかける。
「……お前も月見かい?」
 以前より近くなったが、まだ背丈は追い付かない。繊細な美貌や柔らかな印象で儚く感じる者が多いが、緑の方の体格が良いことは、昔添い寝してもらった記憶や空間を超えて遠出するときに抱き締めてもらった記憶でルリジオンは知っている。
 近衛隊長になれなくても、いつか緑の方を守れるよう強くなることを目標にしているルリジオンは追い付けない体格に焦れる気持ちを持ちながらも、久しぶりの二人きりの空間に緊張が高まる。
「あ、あの、ミラリヤール…一緒だったんですけど、どうしたか分かりますか?」
 その為、ぎこちなく視線をさ迷わせ、共にいた筈のミラリヤールの姿が見えないことを心配そうに問いかける。
「ああ、ここには私の結界が張られているからね。許可を与えていない者は入れないから、今は見失ったお前を探しているようだね」
 暗にルリジオンに与えた許可は有効だと教えられ嬉しさが沸き上がったが、暗闇が苦手なミラリヤールが心配で辺りを見回す。    
 だが、結界内からルリジオンに見えるのは美しい満月と月明かりに照らされた樹木が揺れている様子だけだ。
 髪から肩に手を移動させ、先ほどまで座っていた長椅子に促した緑の方は心配そうにしているルリジオンを安心させる言葉を向ける。
「大丈夫だ。あと少しすればランディエールが来る。途中で会えば城まで送り届けるだろう」
「そう…ですか」
 しかし、告げられた内容に歓喜で浮かれていた気持ちが沈む。
(…ランディエールと約束してたんだ)
 自分にとっては二人の思い出の場所。だが、緑の方にとってはただ美しい月が見えるだけの場所なのだ、と突きつけられたルリジオンは座らされた椅子で、緑の方と少し距離をおく。
 体温を感じる距離が当たり前だった頃に戻りたいが、現在その距離にいる者に対しての嫉妬を隠しきれなかった。
 嫉妬で醜く歪んだ顔を見られたくないルリジオンは月見をするふりで夜空を見上げる。しばし美しい月を見ていると乱れた感情が落ち着いてくる。ようやく少し楽に息が吸えるようになったルリジオンを待っていたかのように隣から落ち着いた声がかかった。
「もう酒が飲める年齢になったね」
 杯は一つしかないのか、自分が飲んでいた物に酒を足して渡してきた緑の方に、体ごと向き直る。
 この国の成人は十八歳だ。ルリジオンは五月生まれの為、七月現在確かに酒は飲める。しかし、酒を飲むと体が熱くなる。それが原因か分からないが以前、初めて酒を飲んだ後、花が体内で育っていく感覚に苦しめられた。それ以来酒は口にしていないのだが、緑の方がくれる物を拒否したくないルリジオンは「ありがとうございます」と小さく口にして杯を持つと恐る恐る口をつけた。
「それはお前が好きな果実の酒だから口に合うんじゃないか?」
 自分の好みを覚えていてくれたことが嬉しいと共に、確かに好みの味だった為、自然と笑顔を向ける。
「はい、これ美味いですね」
 こんな風に自然な笑顔を向けたことが久しぶりだが、それに気づかず一杯飲み干したルリジオンは危惧したように体が熱くなることがなく安堵する。
「もう一杯飲むかい?」
 空になった杯に酒瓶を向けた緑の方だが、二杯飲めば危惧したことが起きるかも、と首を横に振る。
「俺、あんまり強くないから」
「そうか」
 断りの理由を疑われずにすんだルリジオンは杯を返す。それを左手に持った緑の方は手酌で酒を注ぐと見た目からは想像出来ない豪快さで一気に杯を空にする。
「リュミ様、相変わらず酒好きですね」
 だが、そんな姿は幼い頃から何度も見てきたルリジオンは小さく笑いながら口にする。またもや自分だけが呼ぶ呼び名で呼んだことに気づいていない自然なやり取り。
 緑の方が自分を見る眼差しも柔らかいし、先ほどまで沈んでいたルリジオンの気持ちが浮上しきった。
 しかし、杯の縁を指で撫でた緑の方の眉が小さく寄る。それに気づかず再び夜空を見上げたルリジオンの横顔は穏やかだ。それとは対照的に、横顔を見つめる緑の方の瞳の奥に剣呑な光が浮かぶが、ルリジオンがこちらを向くとすぐに隠して柔らかい笑みで問いかけた。
「ルリジオン……学園で一番親しいのはミラリヤールなのかい?」
「え、あ、はい」
 今まで城を出されてから、体調はどうだ? や勉強を頑張っているか? などのありきたりな質問しかされなかったルリジオンは戸惑いながらも明るい表情で頷く。
「そうか。ミラリヤールも大変な思いをした子だから、お前の良い理解者になってくれればいいな」
 緑の方の口からミラリヤールの名前が出たことで、ためらいながらも以前から聞きたかったことを口にした。
「あ、の。ミラリヤールの幼馴染みの…」
 ランディエールの人柄やミラリヤールと以前親しかったが距離が出来てしまったことを聞こうと思ったのだが、いざ口にしようとすると醜い感情が浮かんでしまい途中で切る。しかし、緑の方が先を促すようにその者の名前を口にした。
「ランディエールかい? 彼がどうかした?」
 親しげな響きに感情の醜くさが強くなるが、今しか聞けない、と手に力を入れると切り出した。
「ミラリヤールと仲良かったらしいけど、近衛隊長になったら冷たくなったみたいで……どんな奴…じゃない、方なんですか?」
 非難する響きになってしまったのは、自分の嫉妬だけじゃなくてミラリヤールの寂しい顔を思い出したからだ、と言い訳ながら問いかけたルリジオンに緑の方は少し考え微笑みながら口にした。
「優秀で、頼りになる、私が一番信頼している近衛隊長だよ」
「っ……で、でもミラリヤールの力が解放されないからって態度を冷たくするような奴ですよ」
 自分と同い年で緑の方から一番の信頼を勝ち取っているランディエールにルリジオンの嫉妬が大きくなり、表情も醜く歪む。それを冷静に見ながら立ち上がった緑の方は月を背にルリジオンを見下ろす。月明かりを背にしている為、表情が分かりづらいが、自分の今の態度を思い返し呆れられたか、と怖がったルリジオンは身を竦める。
 ミラリヤールの前以外での学園のルリジオンは飄々とした生徒だが、緑の方の前では庇護されていた頃に簡単に戻ってしまう。
 緑の方が手を伸ばしたことが気配で分かり余計に小さくなる。だが手は細く手触りの良い金糸を触るとそのまま頭を包み顔を上げさせる。自分を見下ろす緑の方の顔が思った以上に近くにあり思わず息を止める。ゆっくり吐息を感じる距離まで近づき思わず瞼を強く瞑る。
 頭を包んでいない手で顎を持たれ、心臓が早鐘のように鳴る。
 しばしそのまま動きを止めた緑の方にそっと瞼を上げると、見たこともない表情で見下ろされており、ルリジオンは体が熱くなるのが分かった。
 その瞬間、我に返ったルリジオンは勢い良く身を引くと逃げるように距離を取る。
(まずい!)
 体の中を婀娜花の茎が蠢き、花が内側から肌を撫でる感触に体を折る。
「ルリジオン?」
 婀娜花の香りは出ていないのか、突然の動きに訝しむ眼差しを向けられる。
(早く、離れないと!)
 この後、自分がどうなるか分からないルリジオンは恐怖で結界の外に出ようと走った。しかし見えない壁に阻まれる。
「……どうした?」
 ゆっくり背後に近づいた緑の方を振り返って見ることが出来ないルリジオンは絶望感に包まれ膝を折る。
「ルリジオン!?」
 突然の行動の意味を探るように見ていた緑の方だったが、崩れるように膝を折ったルリジオンに珍しく声を上げる。肩を掴んで顔を覗きこめば、赤く火照り苦しそうな荒い息をしている。具合が悪い様子などなかった為、この様子の原因を探る為、ルリジオンの首筋に手を当てる。
「やっ…」
 その感触に熱い、いや甘い声を出したルリジオンに緑の方の眉が寄る。
「……どういうことだ」
 今の嬌声とも聞こえる声。そして、意識を保てなくなってきたのか、すがるように緑の方の長衣の胸元を両手で握りしめているルリジオンの誘うような眼差し。
 それらに『慣れ』を感じた緑の方はしばし睨むようにルリジオンを見下ろしていたが、両腕で抱き上げると一歩踏み出した。
 何歩か歩いたその先には満月に照らされた草木はなく、上質な布で覆われた寝台があった。


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