fc2ブログ

緑の楽園 4話

<緑の楽園 4話>
 


「ご無沙汰しております。本日より研修で来城致しました為、ご挨拶をさせてもらいたかっただけですから。……お邪魔してすいません」
「……やけに他人行儀だね」
 ルリジオンの挨拶は確かに他人行儀で、一度もこんな態度をされたことがない緑の方は苦笑する。
「俺も……色々外で学びました。緑の方、様がどれほど尊い方か…自分がどれほど貴重な扱いをしていただけていたか」
 この態度の言い訳を口にしているうちに、そうだよな、あの時間はあり得ない幸運だったんだ、と実感したルリジオンは自然と微笑むことが出来た。しかし、書類を置いて銀の長髪が動くとどうしても頑なになる。
「あの、ご挨拶と……隣から着替えを借りたくて参りました。よろしいでしょうか」
 ランディエールから視線を隣の部屋に逸らして本来の目的を口にする。
「あれはルリジオンの物だから借りるなんて考えなくていいよ。それより夕食まで自由行動だろう? お茶を飲んでいきなさい」
 執務椅子から立ち上がり誘う緑の方は意外と背が高い。平均のルリジオンより頭ひとつ高いランディエールと並んでも差ほど変わりない。だが、まるでエスコートするように腰に手を当てるランディエール。それに慣れた緑の方。二人のやり取りには先入観からもあるが、どうしても艶めいた関係を感じてしまう。そんな二人から目を逸らしたルリジオンの横顔は傷ついていることを察する程度には歪んでいる。しかし緑の方は微笑みを浮かべたまま自らお茶の支度を始める。カチャカチャと茶器の音が聞こえたルリジオンは自分がやる、と申し出ようと足を踏み出そうとしたが、さりげなくポットを取り上げたランディエールの慣れた仕草に動きが止まる。
「私がしますので、緑の方はあちらに」
 ソファーセットに視線を流したランディエールに頷くことで答えた緑の方の仕草にも慣れを感じ、ルリジオンは指先が冷たくなる。
(俺の方がリュミ様の好みに淹れられるのに…)
 実は猫舌な緑の方には少しぬるくなってから出していた。確かに紅茶は高温の方が美味いが、出すときに適温にするよう心がけていた変な対抗心に、ルリジオンはテーブルに茶器を置くランディエールを小さく睨む。そんな視線を受けても気にも止めない様子に器の違いを感じ落ち込むと視線を伏せる。
「それでは、私はこれで」
「居ても構わないよ?」
 一応気を使ったらしいランディエールに返した緑の方の答えが更に落ち込みに拍車をかける。
 二人きりを喜んだのは自分だけなのだ、と。
 過去にすがる自分が情けなくなる。ミラリヤールと頑張ろうと決めた気持ちが折れそうになる。
 それでも、世間で蔑まれ後ろ指指され、その上婀娜花まで体内に咲かせた自分が生きる理由は目の前の緑の方の役に立ちたい、という気持ちからだ。どんな理由でも緑の方がいなかったら、瘴気に苛まれこの年まで生きていられたか、いや生かされていたかは分からない。
 その恩返しをしたい。
 それだけは変わらない思いのルリジオンは目の前の二人に綺麗な笑みを向けた。
「このお茶だけいただいたら失礼いたしますので、水の近衛隊長様はお気になさらずに」
 先ほど同様他人行儀なルリジオンに緑の方が一瞬表情を無くす。しかし、先ほどのように言葉はかけず流すと、自分の隣にランディエールを座らせた。
(遠いな)
 目の前にいるのに心の距離を感じるルリジオンだったが、現在を受け止める為に二人から視線を逸らさないことを自分に課せた。
「久しぶりだから、態度だけではなく見た目も大人びたね」
「……背は伸びなくて残念ですが」
 見た目に触れられドキリとしたが、探るような視線は向けられていない為、冷静に対処する。
「同室は確か土の一族の…」
「ミラリヤールです」
 近況話に出てきた友の名前に、ちらっとランディエールに視線を流すが冷たい美貌は微動だしない。少しは反応しろ、とルリジオンは心の中で睨むとミラリヤールとの仲の良さを大袈裟に話す。
「同室者がミラリヤールで本当に良かったです。性格もいいし。でも、世話焼きなくせに少し抜けてるところは可愛いんですよ。今回の研修の荷物を作ってる時、何を入れたのか分からなくなって全部出して最初からやり直したり。あ、あとは食が細いから出された食事を食べきれなくて眉が下がった時も可愛いんです」
 普段しっかり者だからこそ、ちょっとした駄目な時の微笑ましさを話しているうちに、思い出し浮かべた笑みは本物だ。
「……良い同室者で良かったね」
 だから緑の方からの言葉に、この部屋に入って初めて明るい笑顔を向ける。わだかまる気持ちが大分浮上したルリジオンは初めて自分からランディエールに話し掛けてみた。
「水の近衛隊長様はミラリヤールと幼馴染みだって聞きましたけど」
 探る様子は隠し、自然にランディエールからミラリヤールへの反応を引き出そうと問いかけた。
「……ああ。だが、私も多忙でここ数年ゆっくり会えていないが」
 声音も表情も淡々としており胸中は窺えないどころか、ミラリヤールの存在など、どうでもいいと聞こえたルリジオンは咄嗟に口にした。
「ミラリヤール、淋しがってましたよ」
 少し身を乗り出してしまったルリジオンにランディエールはサファイア色の瞳を向ける。美しい瞳は吸い込まれそうだが、やはり感情は窺えない。それでも社交辞令の言葉は口にした。
「研修中、機会があれば訪ねてみましょう」
 忙しい近衛隊長が一介の学生に割く時間など作ろうとしない限りないだろう。それでも、その言葉が現実になればいいな、とルリジオンは「ミラリヤールに伝えておきます」と少し語尾を強くして言った。
 その姿は友人のことを思う微笑ましい姿だ。紅茶を飲みながら穏やかな微笑みを絶やさずに見ている緑の方の視線を感じそちらに視線を流したルリジオンは、そこにあった感情が窺えない眼差しに心拍が一度大きくなる。すぐに見慣れた慈愛深い眼差しになったが、心拍が乱れた為か心臓辺りが熱くなってくるのが分かりルリジオンは焦る。
 体の内側が熱くなると、婀娜花の影響がルリジオン側に起きる。封印が効いている期間なら外に匂いが出ることはない筈だが、内側の影響を止めることが出来ないことは一年で知った。自分の体がどうなるか一年経っても把握出来ていないルリジオンはこれ以上の長居は危険だとカップを置く。
「お、お忙しいところ有り難うございました。夕食前に研修内容を予習したいので、これで失礼します」
 慌ただしく感じないよう挨拶をする。
「そう。もっと会えなかった期間の話も聞きたかったが仕方ないね。研修期間は長いから、またおいで」
 引き留められなかった淋しさと、また来ていいという言葉に更に気持ちを乱せば、体内をくすぐるような感触が広がる。
 これは駄目だ。一刻も早く離れなければ……自分から誘ってしまう、とルリジオンは立ち上がる。
「有り難うございます。では失礼します」
 足早にならないよう衝立の向こうに行くと、心臓の上を掴み熱い吐息を漏らしながら扉を開き滑り出ると丁寧に閉めた。だが、そこからは走り出した。
 城の人間を誘うわけにはいかない。
 学園の者なら、まだ自分の噂を知っているだけましだ。
 しかし、出来れば緑の城でそんなことをしたくなかった。
 人通りが少ない廊下を選び与えられた部屋に戻ろうと走っていたルリジオンだが、熱が全身に回り足がもつれる。
 壁に手をついて熱い息を繰り返すルリジオンは、意識が朦朧としてくる。封印をしてもらったばかりで外に匂いが出ないことだけが救いだが、あと少しすると自分で誘うことが分かるだけに奥歯を噛むが、もう自力で歩くことは難しかった。       (どうしよう……ミラリヤール…のとこまで)
 なんとか友が待つ部屋に戻りたいが、膝が折れる。
「ルリジオン様ですか?」
 そんなルリジオンを見つけ駆け寄った者がいた。
「…るな」
 来るな、来ないでくれ、と頭の中で叫ぶが声にはならない。
「どうされました?っ…」
 肩に手を当て顔を覗きこんだ者が息を呑む。
「…トルナード様の元にお連れします」
 しかしすぐに自分のマントを外し頭から掛けた様子から、幸いにも風の近衛兵士でありルリジオンの事情を知っているトルナードの部下だったようだ。軽々とルリジオンを抱き上げると足早に風の塔に向かった。
「トルナード様に至急面会を!」
 塔の門番にルリジオンの顔を見せて告げればすぐに執務室に通される。中に入り、マントを外し冷静な眼差しでルリジオンを見下ろしたトルナードは近衛兵士に問う。
「風の一族以外に見た者は?」
「私が見つけた時にはお一人でしたし、人目を避けていたご様子から大丈夫かと」
「分かった。……ナリル、三人ほど用意してくれ」
 トルナードは控えていた右腕の幹部に告げながら、熱い眼差しでルリジオンを見つめる近衛兵士に口角を上げる。
「適切な判断の礼だ。そなたの上司には私の用を申し付けたと伝えよう」
 視線で執務室の奥にある仮眠室を示す。トルナード自身は仮眠室を使わない為、何に使っても気にしない。         「それを満足させるには三、四人は必要だ。協力を頼む」
「……はっ!」
 自分の欲望を見破らればつが悪い表情を浮かべたのは一瞬。すぐに頭を下げると足早に仮眠室に入り、寝台にルリジオンを寝かせる。
「その代わり他言無用だ」
 扉に凭れ、腕を組みルリジオンに覆い被さっていく近衛兵士に告げるが、婀娜花に理性を奪われたルリジオンを前に兵士は 「了解しました!」と慌ただしく返事をすると、制服を引き千切る勢いで肌を露にすると貪りついていった。


 ◇◇◇


 ルリジオンには力強く口にしたが、最近では気楽に自分からランディエールに話しかけることが出来なくなっているミラリヤールは緊張していた。
「なんて話かければいいかな」
 研修は翌朝からだが、夕方緑の城に入り、荷物を運び終えた生徒達は一般来城では入ったことがない緑の城の中枢に興奮しながらも与えられた部屋で荷解きをしていた。
 夕食は大広間で摂ることになっている。その時にランディエールがいるかもしれないと落ち着いていられず部屋を出たのだ。
 部屋は寮と同じでルリジオンと同じだった為、安堵した。ルリジオンは自分の着替えなどを取りに、かつて与えられていた部屋に向かった。
 一緒に来るか? と誘われたが夕食までに話しかける想定を頭の中でしたかったミラリヤールは断り、今は一人で廊下を歩いていた。
 緑の城は五階建で学園の三倍の広さがあり、迷子になりそうだ。その上、中庭を隔てた正面には城の三倍は高い塔が立っており、そこは風の近衛隊長が国の気が崩れていないかを管理している。
 その塔を見ながら(本当なら、ルリジオンは将来あそこを任された筈なのに)と奥歯を噛む。
 幼い時は、風の元素を持つ一族直系の中でも一番濃い元素を身にまとい、長の子供ではなかったが次期近衛隊長と言われていたというのに。
 現在の風の近衛隊長はルリジオンの従兄弟である、長の長子であるトルナードが勤めている。もちろん近衛隊長を勤められる元素力はあるが、以前のルリジオンの元素力を知る者はどうしても比べてしまうようだった。しかし、トルナードは人格者であり比べられるルリジオンを襲った境遇を喜ぶのではなく、親身になって後見人となってくれている優しい人物で、ルリジオンも一回り上のトルナードを兄のように慕っていた。
 その為、トルナードが近衛隊長の任に就いていることに対してルリジオンは納得しているようだった。
 しかし、ミラリヤールは何故かトルナードが苦手だった。
「……優しいんだけど…なんかあの人見るとぞわぞわするんだよね」
 今も思い浮かべたら背筋に悪寒が走り、無意識に両手で二の腕を撫でていた。その時、前から清涼な空気が流れてきた為、はっとして足を止める。
 ミラリヤールが足を止めたことで廊下を歩いていた兵士や役人も足を止め、緊張してミラリヤールが見つめる先を見て廊下の端による。
 人が割れた廊下の中心を堂々とした姿で歩くのはランディエールだった。
 銀の髪が光を放ち、近衛隊長の制服を身にまとっている姿は神々しく感じ、周囲に混ざってついミラリヤールも頭を下げてしまう。
 慌てて下げた為、足元がふらつき窓硝子にぶつかる。ガタン、と廊下に響いた情けない音にミラリヤールは恥ずかしい、と更に頭を下げる。
 目をギュッと瞑り、こんな姿を見られたくないから気づかれないように息を止める。しかし、カツカツと響いていた足音が止まり、それがこちらに向かってきた。そっと目を開ければ磨かれた靴が目の前にあった。
 驚いて顔を上げたミラリヤールはそのまま仰ぎ見て、自分を見下ろす冷たい瞳を見てしまい一歩下がる。その動きがランディエールの機嫌を損ねたことを僅かに寄せた眉で感じる。
「あ、あの」
 まだ話しかける心の準備が出来ていない上、突然の再会に頭が回らないミラリヤールだったが、これ以上嫌われたくないと何か口にしようとするが、余計に焦りしどろもどろになる。
 城に仕えている人間は、ミラリヤールの様子を興味津々に見つめる。
 茶色の髪と瞳からミラリヤールが土の元素一族の直系だと分かった為だろう。
 兄の噂と共に緑の方の役に立たてない出来損ないの烙印を押されているミラリヤールに対して城の人間は冷たい。ランディエールがどうあしらうか楽しもうという空気が流れていた。
 それに気づいているミラリヤールは小さな体を更に小さくする。しかし、ここで話せなかったら夕食の後で相手にされないと思い手を握り唾を呑み込むと口を開いた。
「あ、あの。お時間をいただけないでしょうか」
 人前で話せる内容ではない為、まず場所を移動しなければ、と切り出す。
 ミラリヤールの言葉に表情を変えず見下ろしたランディエールがしばし沈黙の後、口を開く。
「……お前が私に敬語を使う必要はない」
 固唾を呑んで答えを待っていたミラリヤールは向けられた言葉にぽかんとする。
 それは周囲もそうだったようだが、ランディエールはそれ以上見せ物になるつもりはないようで、視線で着いてくるよう先を見ると歩き出してしまった。


| 2024.03 |
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
プロフィール

桜崎彩世

Author:桜崎彩世
FC2ブログへようこそ!

web拍手

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

FC2カウンター

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

ページトップへ