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茨の褥 四話

茨の褥 四話


 部屋に連れ帰り寝台に猫を乗せたサークは隣にある風呂場に行き、水桶に水を張り戻ると足の怪我をそっと拭く。どうやって怪我をしたのかは分からないが、恐らく後ろ足が折れてしまっている。サークは摘んできた薬草をすり鉢ですると、そっと傷に当てた。
 かなり弱っている猫は治療の間も大人しくしていた。しかし、サークの指を舐める仕草から腹がすいているのだろうと思うが、なにを食べさせていいか分からない。サークはしばし考えると、唯一訊ける人間を思い浮かべると猫の背中を撫で「待っていろ」と言い、その相手がいる厨房に向かった。
 サークは食材を自分で選び調理することにしている為、厨房の人間はサークが現れても特に騒ぎはしない。後宮の中で、遠巻きにされているサークと話すのは厨房の人間くらいだ。
 それは、以前食事に毒を盛られた時、サークが騒ぎ立てなかったことに多少なりとも思うところがあるからだ。
 サークは一口食べた時、舌の痺れを感じすぐに食事を止めた為に大事にはならなかった。部屋付き侍女がいないサークは自ら食事を厨房に取りに来たり返しに来たりしていた。その日、普段は無言で食器を置いていくサークが料地長を勤める女性に近寄ると耳元で告げたのだ。
「毒を盛った人間は早急に辞めさせた方がいい」
 料理長にしか聞こえない声。目を見張った料理長はサークの顔色が悪いことに気づくとすぐに料理を摘まみ舐めた。
「っ」
 舌の痺れを感じた料理長は蒼白になる。このことが王に知られれば、犯人だけではなく厨房に勤めている全員が打ち首になるかもしれなかった。
「サーク様……この事は」
 ぎこちなく問いかける料理長にサークは無表情で告げる。
「犯人はまたやるかもしれないから、探して辞めさせなさい。それ以外、私はなにも求めません」
 そっけない言葉だが、皆を助ける言葉に料理長は深く頭を下げた。
 その後、犯人を見つけて辞めさせた料理長は、サークが今後同じようなことがないよう、自ら食材を選び調理することに頷いた。
 そのこと他の人間から反発も出たが、料理長の一言がそれを無くした。
「サーク様は辞めさせろと言ったけど、あれは逃がしてやったってことだろ」
「あ…」
 サークは犯人を突き止めることは厨房の人間に任せ、その後も罪を問うことはしなかった。
「確かに冷たいお人に感じるけど、悪い方ではないのかもしれないよ」
 ふくよかな料理長が温かな微笑みで見回すと、戸惑いながらも皆、頷いたのだった。
 その後、料理などしたことがないサークのぎこちなさを見かねた料理長、スワラナに手解きされたサークは、人並みな腕になった。しかし、差ほど食にこだわらないサークは、朝にパンや干肉や果物を部屋に持ち帰るとそれで一日過ごすことも多い。それが夕方に姿を現した為、スワラナは気になって近寄る。
「サーク様、どうなさいました?」
 相変わらずの無表情だが、どことなく、いつもと違うように感じたスワラナは慎重にサークの顔色を見る。少し躊躇したサークだったが、スワラナには多少なりとも心を開いている為、教えて欲しいことを口にした。
「子猫にはなにを与えればいいか教えてくれないか?」
「え? ……えっと、温かい牛の乳でいいと思いますよ」
 予想しなかった問いかけに、色々聞きたいスワラナだったが、サークがそう簡単に話はしないだろうと判断すると、知りたがっていることだけを口にする。
「そうか。……ありがとう」
 教えてもらいほっとしたように少し安堵の吐息をもらしたサークは礼を言うと、飲料が置かれている場所から牛の乳を鍋に注ぐと火にかける。
「一度沸騰させて、鍋を水で冷ませば安心ですよ。あと、肉も少しなら…そうですね、今日使う肉がまだ味付けされてませんので、それをお持ちください」
 さりげなく隣からの教えに頷き、猫の食事を用意したサークに、スワラナは隣で作っていた煮物を差し出す。
「隣で作っていたので、安心して召し上がれると思いますよ」
 たまにこうやってサークの目に触れる場所で作った料理を渡してくれるスワラナだ。サークは目を細め、器を受け取る。
「ありがとうございます」
 本当はスワラナの作る物なら、目に触れていなくても疑わない。しかし、それを知られ、巧妙な罠を仕掛けられた時、スワラナに害がいかないよう己の胸中を隠し接するのだった。
 両手が塞がったサークは目礼し厨房を後にしようとするが、足を戻すと頼み事をする。
「私の元に猫がいることは他言無用で」
 無言のまま視線で問いかけるスワラナに、サークは感情を伺わせない表情で告げる。
「私の元にいる猫だと知れて、虐められては不憫であろう」
「……」
 サークの言葉に厨房に沈黙が走る。
 ないとは言い切れないと誰もが思うことなのだ。
 スワラナはサークに向けて慎重に頷く。
「分かりましたよ。皆もいいね、内緒だよ」
 振り向いて言い聞かせたスワラナに全員頷く。それを見たサークは珍しく柔らかい色を顔に乗せ、小さく頭を下げると厨房を後にした。
「……スワラナさん、サーク様って優しいところもあるんですかね」
 小さく呟いたのは若い娘だ。
 非情な先見をするサークの噂は知っているが、後宮の厨房に勤めてから何度も見かけるサークは、感情が無いように見せてはいるがスワラナとの穏やかな空気から噂通りの人には見えない、と感じていた。それが今のやり取りや表情で更に大きくなる。
「……きっと、我々には分からないお考えがあるんだよ」
 サークの非情さを一番信じられないのはスワラナだ。しかし、スワラナはサークが背負った自分達にははかり知れない『何か』を時折感じていた。
 相手は伝説の『蒼の一族』だ。
 自分達が想像出来ない『何か』が見えているのだろう。
「世間や城の人間が非情な先見だと言っても、あたしにしたら我が儘も言わない付き合い安い住人様だよ」
 王妃以外は王の権力を嵩に我が儘を言う側室ばかりの後宮で働いている者の本音をスワラナが口にすると、戸惑った空気が穏やかなものに戻る。
「確かに」
「我が儘な方、多いもんね」
「聞いてよ、昨日なんか」
 普段の溜まっていた愚痴を言い始めた娘達にスワラナは小さく笑いながら自分の仕事に戻りながら呟く。
「……籠でも用意しておこうかね」
 猫の寝床など用意しそうにないサークの代わりに籠に柔らかな布を敷いて、とあれこれ考えて口元を緩めた。

 その後。スワラナが用意してくれた籠がお気に入りとなった猫との時間はサークにとって唯一の安らぎとなった。
 しかし、猫を撫で心が楽になる自分に自問自答する。
「罪もない人を死に追いやっている私に、心の安息などあっていいのか……」
 今も昼食を済ませ気持ち良さそうに眠る猫を膝に乗せ背中を撫でている。その顔に幼い頃忘れた笑顔を少しだけだが滲ませている自分に気づくと後ろめたさを感じてしまった。
 猫に名を付けず「猫」と呼ぶのも、名前をつけてしまったら手放せなくなりそうだからだ。
 しかし、ゆっくり小さな温かな背中を撫でていると、この温もりを無くすことなど出来なくなっている自分を感じる。
「……これ以上は望まぬから…お前だけは側にいてくれるか?」
 自分の使命をやり遂げるまでまだ月日がかかる。その間、他は望まないから、小さな温もりを側に置かせてください、と願う。
 サークはしばし猫を見ると籠に寝かせ、厨房に皿を返す為に部屋を出た。そして、その帰り道、足を裏庭に向けた。
 自己満足なことは分かっているが、猫を飼うことを死者達に許してもらおうと、積み重ねた墓標に向かう。途中何人かの女官とすれ違うがいつも通り、逃げるように道を開ける。廊下を慣れた無表情で歩くサーク。しかし、いつもはサークの後ろ姿など見送る者はいないのだが、一人の女官がじっと見つめている。その女官は懐の上を手で撫で硬い感触を確かめると、サークの後を付けるように足を踏み出した。

 後宮の廊下の途中にある大きな窓。そこから中庭に出られる。サークは観音開きの窓を開き中庭に降りると、そのまま陽当たりの悪い方に向かう。裏庭に向かう者はほとんどいない為、サークは辺りを気にせずに足を進める。しかし、薬草畑の手前て草を踏む音が聞こえたサークは意識を背後に向ける。
「……すまない、まだ死ぬわけにはいかぬのだ」
 小さく呟いたサークは、背後の空気が大きく動いた瞬間、振り向きながら右に動いた。
 ブンッと何かが空振りする音と共に、地面に倒れこんだのは、女官姿の娘だった。
 すぐに振り向き憎々しげにサークを睨むと立ち上がり再び短剣を握り締めサークに向かってくる。しかし、訓練など受けたことがなさそうな、ただがむしゃらな動きで仕留められるわけがない。いくら細身とはいえ男性であるサークは娘の手首を掴むと軽々と短剣を取り上げた。
「くっ、放せ!」
 娘はサークより頭半分ほど低い。下から睨みつける表情はきついが、顔立ちは愛らしい。だからこそ、娘の怒りが伝わる。
「お前が! お前が先見などしなければ、父も母も死なずにすんだ!」
 娘はサークの先見で近親者を亡くした者だった。サークは無表情の下で、年若い娘にこんな表情をさせてしまったことに胸を痛める。それを表に出すわけにはいかないが、これ以上娘が傷つかないようにしなければと口を開く。
「……王の耳に入る前に去れ」
 王にこの事が知れれば、目の前の娘は間違いなく即打ち首になるだろう。今ならサークしか知らない。逃げろ、と眼で訴える。
「私が死んだってもう悲しんでくれる人なんかいない! あんたを殺せれば、後は打ち首になってもかまわない!」
 だが娘の怒りは大きく、掴まれた手をがむしゃらに動かす。
「黙れ」
 娘は声を抑えていない為、騒ぎを聞きつけ誰か来たら、とサークは空いている左手で口を塞ごうとした。
 その手を音もなく近寄った人間により背後から掴まれた。
「っ、何者!?」
 娘に仲間がいたのか!? と振り向いたサークの視界に金の髪が揺れていた。
 視線を上げれば険しい青い瞳がサークを睨み付けていた。
「リューン…」
 サークが口にした名前に暴れていた娘が動きを止めると呆然とリューンを見上げる。
「リューン王子? …何故…?」
「母の元からの帰りだ」
 後宮に居る理由を冷静な表情と声音で告げたリューンに、そういえば朝、通達があったなと思い出したサークだったが、後宮の者すら近寄らない裏庭に何故? と怪訝な眼差しを向ける。
「ここから城の中庭に出た方が早いからな」
 サークの疑問を見抜いたリューンが、裏庭の右手に見える高い塀に視線を流す。確かにあの塀の向こうには城の中庭があり、万が一城が攻め込まれた場合、後宮に逃げる為に通じる門がある。
「父には許可を得ている。後宮内を歩くより側室達に鉢合わせする心配がないと簡単に頷いていらした」
 この通路を通る承諾がなければ、とのサークの心配は無用だったようだ。
 しかし、月に数度とはいえ裏庭を通るのならば―チラッと墓標がある樹を視界の端に入れ(見つからないようにしなければ)と思う。自分がしている先見で心を痛ましていると知られるわけにはいかない。
 サークはリューンから娘に視線を移すと心を鬼にする。
「リューン王子、この者は私を暗殺しようとした。捕えていただけますか」
 娘は唇を噛み締め青ざめている。
 サークの手首を掴んだまま娘を見たリューンは、娘の様子に痛々しい表情を浮かべる。
「……仇うちか?」
 問われた娘は小さく頷く。リューンは細く息を吐くとサークに向き直る。
「……この娘の気持ち、お前に分かるか」
 娘を見る目とは違い、冷たい眼差し。
 サークに心が無いと判断しているリューンは情に訴えようとしているわけではない。だから、問いかけも疑問系ではない。
 自分がしたことを思い知れと冷たい瞳が物語っていた。
 その瞳に傷つく心を殺し、サークは冷たく言い放つ。
「王に反旗を翻す、すなわち死ぬ運命だった。私は決まった運命を王に伝えたまで」
 両親の死を簡単に扱われたように感じた娘がわなわなと唇を震わせる。
「サーク!」
 それと同時にリューンは手首の骨が折れんばかりに力を込めると非難の音で名を呼ぶ。
「……お前がどう思おうと、私は私の先見をする」
 冷然と言い放ったサークにリューンが奥歯を噛むが、それ以上何も言わず手首を放す。
 他人がいるこの場でこれ以上の口論をすべきでないと判断したのだろう。
 細く息を吐いたサークはリューンの手の拘束から抜け出すと踵を返す。
「サーク、この娘……逃がすぞ」
 振り向いたサークは、リューンの隣で自分を睨む娘を見ると「お好きに」と平坦な声音で告げるとその場を立ち去った。


 サークは部屋に戻ると閉めた扉に背中を預け項垂れる。
「……すまない…全て終われば、私の命などくれてやるから…すまない」
 娘の憎しみに満ちた瞳が脳裏から離れないサークは、娘に向けられない謝罪を何度も口にする。
 どのくらいそうしていたか――。ふと足元に温かさを感じ意識を向ければ、起き出したのか猫がサークの足に擦り寄っていた。
 吐息を震わせてしゃがんだサークは、猫を抱き上げると頬を寄せる。
「お前を飼う願い……出来なかった。明日、また行ってくる。……だが、あそこをリューンが通っていたとは知らなかった」
 呟くと、リューンに会わないよう気をつけなければと思案する。
 会う回数が増えれば、心の中を知られてしまう可能性がある。
 綻びは些細なことすら許されない、と自分に言い聞かせたサークは小さく鳴く猫の為に牛の乳を皿に注いだ。


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