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祈りの花 20

<祈りの花 20>
 



 ラパスを紹介された幹部たちは場所を空ける。ラパスは横たわる二人に近寄り、顔色や浮かび上がった痣から毒を特定する。
「ケナムの毒か」
 呟くとシハーブを呼んだ。
「ケナムの解毒剤はあったか?」
 その言葉に一同息を呑み、期待の眼差しをラパスに向ける。ケナムは北に住む毒虫だ。北に住む者ならば簡単に解毒剤も手に入る。センカは慌ててラパスに近寄る。
「助かる? カダル、助かる?」
 すがるようなセンカに強く頷く。
「大丈夫だ。ケナムは毒性は強いが、解毒剤さえ飲めばすぐに消滅する」
 母性を感じさせる眼差しでセンカを見つめると、シハーブが旅の荷物の中から出した二本の小瓶を受け取る。一本をセンカに渡し「それを皇子に」と指示し、自分はユーシスの口元に小瓶を傾ける。センカもすぐにカダルの口元に瓶を当て傾ける。
 ユーシスはかすった程度だった為、少量の解毒剤で乱れていた呼吸が戻る。隣のユーシスの様子に安堵しながら、カダルに一本飲ませたセンカだが、乱れた呼吸がなかなか戻らず固唾を呑んで見つめる。
「カダル……」
 紫色の唇を濡らす解毒剤を体内に入れようと指先に付けて舌先に触れる。センカの指の感触にカダルの瞼が震えた。
「カダル!」
 意識をこちらに引き戻そうとセンカは頬を両手で包み名を呼び続ける。その視界の端でユーシスの腕が上がり、小さなうめき声が聞こえた。
「ユーシス様!」
 横を見れば顔色はまだ悪いが、瞼を開いたユーシスにセンカは涙が滲む。その鼓膜にカダルの呼吸音の変化が聞こえた。
「カダル!」
 荒かった呼吸が穏やかになり、唇にも血の気が戻っていた。
「ケナムの毒は効き方も消え方も速効性がある。もう大丈夫だろう」
 二人の様子にラパスは安堵の表情を浮かべセンカに頷いた。
「ありがとう! ラパスさん、本当にありがとう!」
 カダルの首に腕を回して抱きつきながら振り返って感謝するセンカにラパスはゆっくり首を横に振る。
「役に立ててなによりだ」
「っ……センカ……戻ったのか」
 二人の声に意識が戻ったばかりのユーシスが身体を起こす。
「ユーシス殿、まだ無理はされない方がいい」
 ラパスはユーシスの肩を押して戻そうとする。しかし、ユーシスは額に手を当て目眩を耐えながら状況を把握しようと深呼吸する。
 襲撃され、毒で意識を無くしたことを思い出す。
「……カダルは大丈夫だな?」
 先ほど聞こえてきた会話から、カダルの毒も消えたことも理解していた。
「うん、ラパスさんがケナムの解毒剤を持っててくれたから」
 いまだ、カダルの首に抱きついたままのセンカが答える。
「そうか、感謝します」
 ユーシスはラパスと後ろにいたシハーブに頭を下げる。だが、眉を寄せるとワーディに問いかけた。
「ユメールは? 無事か!?」
 姿が見えないユメールに室内を見回す。あの後、どうやって戻ったのか――仲間達の安否が分からないユーシスの表情が険しくなる。センカも身体を起こすと慌ててユメールの姿を探す。
 二人の様子にワーディははっとすると部下に指示を出す。
「早馬を! 今なら追い付ける!」
 控えていた部下が素早く立ち上がると駆け出す。
 その様子に眉を寄せたユーシスにワーディは深く頭を下げた。
「……先見殿はお二人の命には代えられないと……解毒剤を貰う為、ハラサ一族の元に向かわれました」
「なんだと!?」
「ハラサって……まさかユメールを人身御供にしたのかよ!」
 ワーディの言葉にユーシスとセンカが声を上げる。二人ともハラサ一族の非道さ、特に美しい者に対する非道さを聞き及んでいた。
「俺、止めに行ってくる!」
 センカはすぐに立ち上がる。すでに早馬を出したと聞いても、いても立ってもいられなかった。
「セン……カ?」
 叫んだセンカの声で意識が戻ったのか、背後でカダルの声が上がる。慌てて振り向いたセンカと目を合わせたカダルは、ほっとしたように目尻に笑みを浮かべた。
「良かっ……た、無事で」
「俺は大丈夫だ、カダルは? まだ苦しいか?」
 急く気持ちもあるが、カダルの様子を確かめたいセンカは膝を付くと顔を近づけ問う。
 なんとか手を上げてセンカの頬を撫でたカダルだが、口元の傷に眉を寄せる。しかし、今はそのことを訊く時間がないと視線を瞳に向ける。
「大丈…夫だ。それより…先見殿をハラサの元に行かせたというのは…本当か?」
 肘を付いて起き上がろうとするが、ユーシスよりも毒の量が多かったカダルはさすがに起き上がれない。センカはカダルの肩を押すと「まだ無理だって」と寝かす。
「だが、先見殿が」
「絶対に無事に連れて帰る」
 苦く口にしたカダルに答えたのはユーシスだった。
 まだ顔色が悪い状態で枕元の剣を掴むとそれを杖代わりに立ち上がる。
「ユーシス殿、何を!」
 ラパスが慌てて止めようとする。
「すでに早馬が出てますから、任せてください」
 ワーディも歩き出しそうなユーシスの腕を掴み止める。しかし、それを邪険に振り払ったユーシスの表情にその場にいた全員が息を呑んだ。
「ユメールがハラサの屋敷内に入っていたら……棟梁がユメールの姿を目にしていたら、帰すか?」
 低い声で問われたワーディは目を伏せる。ユメールほどの美貌は滅多にいない。解毒剤はいらない、と言ったところでおとなしくユメールを帰すとは思えなかった。
 早馬が屋敷に入る前に追い付けばいいが……。
「俺はユメールに約束した。決して利用する為に連れ出したのではなく、王を倒した後の世で幸せにすると」
 その言葉にユメールの過去を察していた者達が押し黙る。
「……だから、必ず取り戻す」
 乱れた前髪の隙間から見えるユーシスの表情は、見たこともない感情が表に出たものだった。
 苦しそうな……だが、愛おしそうな……。
 目を見張った幹部達はそれ以上引き留められず道を開ける。
 その後ろ姿を見たセンカも膝を伸ばす。
「ユメールはだいじな仲間で…友達だから、俺も行ってくるな」
 カダルはセンカを見た後、少し目を伏せる。しかし、視線が戻った時にはカダルの顔には強い表情が浮かんでいた。
「くれぐれも気をつけて……必ず無事に戻って来い」
 目を細めて送り出すカダルにセンカは深く頷くと、ユーシスを追いかけた。



 バルーンが手綱を握りユメールを前に乗せた馬がハラサの屋敷に着いたのは出立してから三刻後だった。ハラサの屋敷は周囲を堀に守られ、中に入るには飛び橋を渡るしかない。バルーンは堀の淵で馬を止めるとこちらに注視している門番に向かって声をあげた。
「こちらがお持ちのケナムの解毒剤をお譲りいただきたく参りました。どうかお通しください」
「ケナムの解毒剤は当主の管轄、余程の大金を積まねば手には入らぬぞ」
 門番はバルーンの目的を聞き警戒心を少し和らげると、交渉が難しいと告げる。想定内だったバルーンは頷くと、ユメールに被せていた頭巾を取る。
「金ももちろん用意してますが、足りねばこの者に奉仕させるでは駄目でしょうか?」
 遠目でもユメールの美貌は分かったのだろう。門番は口角を上げると橋を下ろす操作をした。下がった橋に馬を進めるバルーンは早く解毒剤が欲しいと、急く気持ちが現れている。
 この先に待ち受けていることが分かっていても、それはユメールも同じだった。
 門番に案内されて通された部屋は、南の領地では珍しい床に布が敷かれそこに座る造りになっていた。座って待つよう言われたバルーンは慣れていない為、落ち着かなそうに正座している足を何度も組み替える。ユメールは正座は左右の太さが違い上手く出来ない為、崩す許可をもらう。
 しばらくするとクセが強い茶色の髪を背中まで伸ばした、大柄で髭の濃い三十代前半と思われる男が二人部下を従えて入ってきた。噂からもっと年嵩でくせのある容貌を想像していたバルーンだったが、棟梁だと思われる男はどちらかというと全てを見透かされそうな鋭い瞳の鼻筋の通った端正な容貌をしていた。
 一段上がった席に胡座を組んで座った男がキセルと呼ばれる煙草を吸いながら二人に視線を流す。その視線がユメールの上で止まり、目を細めた表情を見たバルーンは後ろめたさを持ちながらも、これで解毒剤が手に入ると安堵した。
「俺がここの棟梁のハラサだ。ケナムの解毒剤が欲しいんだったな」
 男――ハラサは控えている部下に手を出すと、手の平の上に乗せられた小瓶を持ちバルーンに見せる。
「は、はい! 金はこれしかありませんが、この者を置いていきますので、どうかお譲りください」
 頭を床につけて頼むバルーンにユメールも頭を下げる。
「……まぁ、それと引き換えなら好きなだけくれてやろう」
 ゆっくり立ち上がりユメールの前に来たハラサは爪先でユメールの顔を上げさせた。見下ろすハラサの瞳はやけに冷静だ。その瞳が黒髪を隠していた布に止まり、身を屈めると乱暴な手つきで取る。
「はっ、黒髪だと?!……なるほど、運命の皇子というのは大した人間だな。自分に手を貸した先見と引き換えに自分の命を取るとは」
 ハラサ一族はあちらこちらに情報網を持つ。蒼の一族が王から奪われたという情報も耳に入っていたのだろう。
 ユメールの髪を掴むと、バルーンに向かい馬鹿にした笑みを浮かべる。
「解毒剤は好きなだけくれてやる。帰って皇子に伝えろ。人の犠牲の上になる正義とは大したものだとな」
「っ、このことは皇子は知らない!」
 痛いところを突かれたバルーンは弁護する。
「そうか、ならば後から知った皇子が見ものだな」
 ハラサは声を上げて笑うとユメールの腕を掴み、先ほどまで自分が座っていた場所に引きずっていく。
「そうだな、解毒剤はこちらが届けてやるから、お前はどうやって解毒剤を手に入れたかその目で見て皇子に報告しろ」
「なっ!?」
 振り返ったハラサの言葉にバルーンが目を見張る。
「先見がどんな目に遭うか分かっていて連れて来たんだろう? ならば、見ていけ」
 後ろめたさを突いたハラサは顎をしゃくり部下にバルーンを押さえさせる。
「は、放せ! 私は皇子に解毒剤を届けなければ」
「だから、それはうちの者にやらせるさ。ほら、お前が人身御供に差し出した先見の肌を見ろ」
 いやらしく笑いユメールの長衣を引き裂くと、バルーンに見えるように後ろから抱える。しかし、その胸に広がる痣に目を細めた。
「なんだ、これは?」
「ふ、触れないでください」
 それまで感情を殺したように大人しくされるがままだったユメールだが、胸を露にされ現れた痣にハラサが触れようとすると突然暴れだす。
 その様子に目を細目ながら指で痣をなぞる。
 嫌がって首を激しく振るユメールの身体を起こし、バルーンにも見せる。
「まぁ、色はともかく花の痣とは、なんとも神秘的で先見に似合うじゃねぇか、なぁ」
 同意を求められたバルーンは見られず顔を背ける。正座していたまま肩を床に押し付けるようにされていたバルーンは頬に当たる床の感触に奥歯を噛む。
 その胸中はいまだ、自分よりの感情だ。
 早くこの時間が過ぎることしか考えていない。
 ハラサはそんなバルーンの胸中など分かりきっている。
「おいおい、せっかく先見様が身体を張って下さるんだ。ちゃんと見てろ」
 ハラサの言葉にバルーンの顎が部下に固定され、目を閉じようとしても「見なかったら、早馬を出して解毒剤を止めるぞ」と脅されてしまえば見ないわけにはいかなかった。
 視線を向けたバルーンに口角を上げたハラサは部下に顎で指示を出す。部下はバルーンを二人の目の前まで引きづっていく。
「ほら、ご開帳だ」
 バルーンの目の前でユメールの太ももを抱え、大きく開くと手が空いている部下に「下履きを外せ」とユメールの下肢を露にさせる。
「……バルーンさん、すいません」
 ユメールは唇を噛み、下肢に空気が触れるのを感じるとバルーンに謝る。
 ユメールの言葉に目を見張ったバルーンが視線を上げると、羞恥と苦渋が混ざった表情をしたユメールと視線が合う。
「このような……見苦しい姿をお見せして……すいません」
 ユメールの謝罪にバルーンは唇を噛む。
 カダルの命を救う為とはいえ、人身御供に連れて来た自分を恨みもせず、バルーンを気遣うユメールに血が滲むほど唇を噛む。
 カダルを救うにはこの選択しかなかったと今でも思う。しかし、ユメールを傷つける覚悟がバルーンにはなかった。
 ハラサによって開かれる下肢が瞳に映る。
 慣れています、とユメールは口にしたが、だからといって傷つかないことなどないだろう。いや、そんな境遇から救い出された先でまで、そんなことをさせられる気持ちはどれほど傷を負うのか。
 バルーンは視線を上げるとハラサの指先を感じて怯えた色を浮かべたユメールに詫びた。
「……こんな目に遭わせて申し訳ない」
 バルーンから初めて否定的ではない態度を取られたユメールは目を見張る。
「……ハラサ殿……どうか一度だけで……先見殿はお返しください」
 頭を床につけて願い出た言葉は当初とは違う。全てを破棄には出来ないことは分かっている。だが、ここに置いていくことは訂正させてくれ、と額を床に擦り付ける。
「……ようやく自分がしようとしたことが分かったのか」
 バルーンの言葉をハラサは嘲笑う。
「まぁ、一回でどの程度楽しめるかによるな。おい、あれを持ってこい」
 開いたユメールの太腿を撫で、びくついた細い身体を楽しみながら部下に指示を出す。
 持って来させた小瓶を受け取るバルーンに声をかけた。
「これは塗られると死ぬ程ここが疼く媚薬だ。お前が塗れ」
「なっ!」
 肩を押さえていた部下がハラサの言葉にバルーンの手に小瓶を持たせてユメールに伸ばさせる。
「止めろ!」
 身体を捩った動きで媚薬が瓶から零れる。
「おいおい、この媚薬は稀少なんだぜ」
 ハラサがわざとらしく「勿体ねぇな」と呟く。
「こ、こんな物は使わないでくれ!」
 握らされている小瓶を投げたいが、部下に上から押さえられている為、それは叶わない。じたばた暴れるバルーンの腕を三人で伸ばす。さすがに三人掛かりではビクリともしない。
「すまない! 先見殿!」
 バルーンはこれからユメールを苛むであろう地獄に涙を流し謝る。
 ユメールは唇を噛み、無言でただ頭を横に振った。
 二人が諦めた気配が室内に漂い、ハラサがどこかつまらなそうに眉を動かす。
 その時、正面の引き戸がバン! と大きな音を立てて開いた。
「なんだ!?貴様、何者だ!?」
 バルーンを押さえていた二人がすぐさま反応し、侵入者に向かう。拘束が緩んだバルーンは相手が一人なら、と激しく腕を動かし小瓶を遠くに投げた。
 その短い時間で侵入者がハラサまで近寄り、腕の中のユメールを奪った。
 それはまるで風のような動きだった。
 室内に居た者の視界には、銀の残像しか残らぬような速さ。
 しかし、自分を抱く腕はしっかりとした感触がある。
 ユメールは呆然と視線を上げると、信じられない思いで口にその名を乗せた。
「ユーシス……様?」
 自分を抱えていたのは、毒で倒れたユーシスだった。
 聞こえる息遣いは荒く苦しそうだ
 しかし、手を置いた胸の動き。
 動いている心臓の音に涙が浮かぶ。
 ハラサに触られても決して涙を見せなかったユメールが唇を震わせ頬を濡らす。
「ご無事……だったのですね……良かった……」
 子供のように泣きじゃくるユメールの頭をユーシスが優しく撫でる。
 しかし、すぐにハラサに視線を合わせる。
「急ぐ為、非礼を承知でお邪魔させていただいた事、お詫び申し上げる。解毒剤は必要なくなった故、この取引はなかったことにしていただきたい」
 真っ直ぐ視線を合わせたユーシスをハラサはしばらく無言で見つめる。
「……どうやって敷地に入った?」
 胡座を組み、飄々とした態度を崩さないハラサにユーシスは神経を更に鋭くする。
「どんなに見張りを置こうと死角はある。一人、見張り役に眠っていただき、敷地に入らせてもらった」
 ユメールの背中を撫でながら告げたユーシスからは、間に合って良かったという声音が隠せず含まれていた。
「うちの敷地には王の手の者ですら入れないっていうのに、やるな」
 侵入されたにしては面白がっている口調だ。その口調のまま、問いかける。
「先見を連れて来たのはそいつの独断ってことか?」
 顎で示されたバルーンは項垂れている。
 ユーシスは仲間を見ると、目を伏せて首を横に振る。
「いや……幹部数人は同意した」
「だが、あんたはそんな体で救いに来た、と」
 剣を杖代わりにやっと立っているユーシスを斜めに見上げ小さく笑う。
「ここで、皇子が来てりゃ、手を組んだんだがな」
 その言葉にユーシスは僅かに目を見張る。
 ハラサ一族には以前、仲間になってほしいと打診したことがある。だが、王にも屈しないが、徒党を組むこともしないと断られていた。しかし、仲間になればこれほど力強い一族もいない。
「……私よりも多い量の毒に侵されたので…まだ動くことは無理だった」
 もし、今の言葉に少しでも本心が含まれているならば、と皇子の印象を悪くしたくないユーシスが伝える。
「そりゃ、大変だったな。ところで、皇子の分の解毒剤が手に入らなかったら、やはり先見を人身御供にしたか?」
 軽い口調だが、探る色を感じたユーシスは慎重に、しかし、本心を告げる。
「いや、私がお相手を願い出た」
 大真面目に答えたユーシスに、胸の中のユメールが弾かれたように顔を上げて「駄目です!」と叫ぶ。
「ユーシス様はそんなことしなくていいです!」
 ユメールの声と同時にハラサは吹き出していた。振り返り肩を揺らして笑っているハラサからユーシスを庇うように腕を広げたユメール。その姿に笑い涙を拭いて、目を疑うような微笑みを浮かべた。
「あんたも綺麗な顔だから、それでも良かったかもしれないな」
 瞬間、ユメールが首を激しく振る。
「駄目です!」
「……まぁ、残念だが解毒剤が必要ないみたいだから、今度の機会にな」
「今度なんかないです!」
 ユメールはそれにも激しく首を振る。
「はいはい、そちらの御仁には手を出しませんよ」
 ハラサはユメールを楽しそうに見て約束した。
 和やかな空気が流れていることにユーシスは不思議な面持ちになる。ユーシスはこちらの油断を誘う手かと警戒しながらも、ハラサの本心を探るべく問いかける。
「もし……この場に皇子が来たとしても……貴殿方が行っている………娘を攫う所業、皇子は許せないだろう」
 もし手を組み、それで王を倒せたとしても、その後に新たな争いになりそうな原因だ。
 ユーシスの問いに肘を太ももにつき、顎を手で支えたハラサは鼻で嗤う。
「攫ってないさ。金欲しさに娘を売りに来るから、好きにしてるだけだ」
 ハラサの答えにユーシスは目を見張る。
「まぁ、確かに綺麗な娘を好きにするのは好きだがな。ついでに、噂で流れてる正気を失くした娘ってのは、王都で働いていた娘達だ。貴族から下賜された人間が困ってこの辺りに捨ててくんだよ」
「っ、それは……」
 本当か、と口にしそうになったが、憎々しい口調から、今まで決して見せなかったハラサの本心が見えたユーシスは口を閉じる。
 噂は王都の貴族が自分達がしていることの隠蔽の為に流していたのだろう。
「……ハラサ殿、皇子に一度会っていただけませんか」
 王に対しての怒りを感じたハラサに、以前よりも強く仲間になって欲しいと思った。
 ハラサが行っていることは、春を売る人間を買うことと代わりない。
 それは世の中の職業として無くなりはしないことだとユーシスは考えている。
 おそらく、王が倒されれば生活も楽になり、売られる人間も減るはずだ。
 その上で対価を求めて身体を使うことは仕方ないだろう、と。
 ハラサ一族が売春の手配をするにしても、悪どい手口さえしなければいいのだ。
 ユーシスの問いかけにハラサは少し考えると頷いた。
「いいぜ。あんたみたいな人間を部下にしてるなら、皇子もただの飾りもんじゃなさそうだしな」
 友好的な笑みを浮かべたハラサに安堵したユーシスだったが、剣で支えていた力が限界になったのか膝を着く。
「ユーシス様!」
 背後の気配でそれを感じたユメールは振り向くと慌てて支える。苦し気な呼吸を聞き心配そうに「大丈夫ですか」と震える声音を向ける。ハラサは立ち上がると床に転がっていた解毒剤を一本拾いユーシスの口元に当てる。
「もう一本飲んでおけ、心配しなくてもお代はいらねぇよ」
「かたじけない」
 ユメールに支えられたまま、ハラサの手から解毒剤を飲んだユーシス。バルーンも近づいてくると、ユーシスの顔色が戻る様子に安堵の息を漏らす。
「でも、どうやって解毒剤が手に入ったんだ?」
 普段は険悪な態度をとるバルーンだが、ユメールのあまりに献身的な態度で思うところがあったのか、ユーシスに対しても態度を軟化させていた。
 ユメールの長衣を拾い肩に掛けてやるバルーンの態度に何かを察したユーシスだったが、こちらはいつもと変わらず淡々と答える。
「北の元領主のご息女のラパス殿がいらしてな、解毒剤を持っていて下さったんだ」
「ラパス様が? あの、ユーシス様……」
 その名前に反応したのはユメールだった。
 北の地にいるはずのラパスが来た。それは、北の地で別れたセンカと共に? と問いたいが先が口に出せないユメール。
 その耳に廊下で騒いでいる声が聞こえてきた。
「小僧! どこから入り込んだ!」
「ちょ、ちょっと待てよ! 別に危害加えようっていうんじゃないから!」
 その声にユメールが目を見張る。バタバタと走る音が近づくと開いていた入り口に追われた少年の姿が見えた。





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