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祈りの花 17

<祈りの花 17>



 その後、先見をすることは出来なかったユメールだが、計画を立てる間、静かに座り異変を悟らせずに過ごすことが出来た。
「では、襲われた瞬間に罠を張った方に逃げ、王の兵を誘い込む。これでいいとして、誰を行かせるかだな」
 ユーシスは幹部を見回し、作戦を確認する。
 襲われる場所は大河の脇を通る道だ。縄で身体を支えた別動隊が崖の下で待機し、襲われた瞬間背後から攻撃するというものだ。落ちたら命の危険が伴う作戦だが、仲間を救う為に躊躇する人間はいない。
 ユーシスの言葉に我先に手を上げる。
「うちの人間なら身も軽い奴が多いし適任だろう」
 任せろとバルーンが立ち上がる。
「いや、うちの人間が襲われるんだ、ここは我らが」
 ワーディの隣に控えていたトーラスというユーシスと同じ年頃の男が遮る。
 カダルは元々は北の小さな部族の村長の息子だ。ユーシス同様幼い頃に蒼の一族に運命の皇子だと先見をされていた。その噂を聞いた王はサークに運命の皇子を探させていたが、北の土地に居るということ以外はっきりと居場所が知れなかった為、北の土地はあちらこちらで冤罪の掛けられた部族が処刑されていた。カダルの村にも冤罪の罪が襲いかかろうとしたことを察した時、村長に託されたワーディがカダルを連れて逃げた。その時、共に村を出たのが二十人。その後にユーシスの一行15人と合流し、しばらくは少人数で戦ってきた。
 正直、大所帯になってしまった現在、最初からいる人間と後から仲間になった者達との間に溝が多少ある。
 平和を望むことは同じでも、元々が別々の部族だ。誰かの下に付くことはなかなか難しい。
 皇子であるカダルの言葉ならば渋々であっても納得するだろうが、ここで誰かを指名すればしこりが残る。
 カダルの横顔を見れば難しい表情を浮かべている。
 センカがいっていた、一枚岩ではないという言葉が理解出来たユメールは、痛む胸を押さえながら逆隣に視線を流す。
 やはりユーシスも難しい表情で対立する二人を見ている。
 どうすればこの場が収まるのだろう、とユメールが視線を落とすと黒髪に触れてもいないのに先見が流れ込んできた。
「っ……」
 身構えていなかった為、息をつめて前屈みになったユメールをユーシスがすぐさま伸ばした手で支える。
「どうした? っ……」
 だが、ベールを上げ、その顔色の悪さをようやく直に見て眉を寄せる。しかし、ユメールはユーシスが口を開く前に先見を口にした
「別動隊の方の中に、頬に傷がある方がいらっしゃるようです」
 ユメールが口にした容貌に思い当たったのは、トーラスだ。
「ならうちだな。頬に傷があるのはルタだけだからな」
 意気込むトーラスとは逆にバルーンは面白くなさそうに座る。おそらく少しでも功績を上げ、皇子軍の中での立場を強くしたいことが透けて見える。それを以前から感じているユーシスは、今回はユメールの先見で決まった為、変にしこりが残らず良かったとバルーンを見る。 しかし、バルーンがユメールを見る瞳に苛立ちを感じ眉を寄せる。ユメールの言葉で功績を上げる機会が無くなったことを忌々しく思っていそうだった。
 元々バルーンは蒼の一族の存在を良く思っていないのだ。バルーンの一族は三年前に反乱を決起し、南の領地に向かう王を倒そうとしたのだが、今回と逆の立場――サークの先見により、罠に掛かり切りかかった人間全員が捕らわれ打ち首になった。バルーンは後発部隊だった為、命があったが部族の半数を無くした恨みは強い。
 別の人間とはいえ、蒼の一族であるユメールに対しても態度に出しそうだった為、今後近づけないよう気をつけるか、とユーシスは決めると顔色が悪いユメールを部屋に連れていく為にこの会議を終わらせる。
「各々仕事もあるだろうから詳しい計画は後程に」
 どこかわだかまりが残る空間にユーシスの冷静な声が響くと皆立ち上がり部屋を出る。
 最後に残ったカダルは俯いたまま微動にしないユメールに声をかける。
「先見殿のお陰で角が立たずに決められました」
 だが、ユメールは小さく首を振ることしか出来ない。他の人間と同じように、ユメールが距離を取っているように感じてはいたが顔も上げないのはおかしいとカダルは怪訝な眼差しを向ける。
 他の幹部がいなくなったのを見たユーシスはユメールのベールを上げると頬を包み顔を上げさせる。
「……眠れなかったのか?」
 顔色の悪さもそうだが、目の下のくまが酷い。
「大丈夫……です」
 ユメールはユーシスに心配をかけたくないのと、まだカダルが居る為、気丈に振る舞う。だがユーシスはそれまでの口調よりも少し甘く――いや、今まで二人で居た時の口調で問いかけた。
「俺が一緒に居てやらなかったから淋しくて眠れなかったのか?」
 図星を刺されたユメールは、また子供のようなことをしたと笑われると目を伏せる。その表情は頼りなさげで、神秘的な先見とはかけ離れていた。
 そんな二人を見たカダルは少し躊躇しつつ問いかける。
「ユーシス?」
 だが、具体的になにを問えば良いか分からず口ごもる。
 ユメールの頭を撫で黒髪を結い直してやりながら視線を上げたユーシスは静かに告げる。
「少しはったりをかける為にユメールには演技させている」
「はったり?」
「ああ。バルーンを始め、先見に対していい印象を持たぬ者もいる上、その力に対しても不信感を持つ者もいる。だから、いかにも奇跡の力を持つ者と感じるように。神秘的な存在にしようと思ってな」
「……本当の先見殿、いや、ユメール殿は違うのか?」
「……まあな……ユメール、普通に話していいぞ」
 ユーシスが髪を結い直してくれた為、少し楽になったユメールは顔を上げてカダルを見るとなにを話そうと考える。そして「あ、そうだ」と思い付いたことを口にした。
「あの、お土産……お渡し出来なくてすいませんでした」
「え?」
 突然、今までの会話と繋がりがないことを言われたカダルは首を傾げる。
「ユーシス様が皇子様に、って買ったお土産……子供達に上げてしまって……」
 ユメールは言いながら、自分が見た未来はこの光景だったのだな、と先見と重なる。
 カダルはユメールが何を伝えたいのか分かり、その口調の幼さと合わせて目を見張りユーシスを見る。
「……幼い頃から捕らわれていたらしい」
 ユメールの外見は年相応に二十歳を超えて見える。しかし、少し話しただけで分かる純粋さと幼さの理由を聞いたカダルは一瞬、眉をきつく寄せる。しかし、すぐに柔らかい笑みを浮かべると首を横に振った。
「いいですよ。子供達が喜んでくれた方が嬉しいですから」
 カダルの言葉にほっとしたユメールをユーシスは軽々と横抱きにする。
「ぇ……あの、ユーシス様?」
 突然の浮遊感に驚いたユメールがすぐ目の前にあるユーシスの顔を見上げる。
「熱もあるな、カダル、氷を出すぞ」
 ユーシスはユメールの戸惑いを無視し、カダルになにやら許可を取る。
「いいよ。そうだ、リアーナに山羊の乳も用意してもらいなよ」
 どうやら体調が悪いユメールに特別な対応をしてくれるようだと気付き慌てる。
「あの、少し休めば治りますから」
 だが、カダルはユメールの額に触れてその熱さに心配そうな表情を浮かべ、視線を斜め上に向けると有無を言わさぬ口調を向けた。
「ユーシスはしたいようにしかしませんから、甲斐甲斐しく看病されてください」
 カダルの視線を追ってユーシスに視線を戻せば、少し不機嫌そうな表情だ。自分が不甲斐なく具合が悪くなったから、責任を感じているのかもしれないと小さくなると「すいません」と謝り任せることにした。
「計画は夕方からでいいから。それまでユメール殿に付いていて」
 両手が塞がれたユーシスの為に扉を開き共に部屋を出たカダルが言うと、ユーシスは小さく頷きユメールが与えられた部屋に足を向けた。
 その後ろ姿を見ながらカダルが小さく呟く。
「珍しいもの見たな。センカが帰って来たら二人でからかおう」
 はたから見たら普段と変わりなく見えるユーシスの表情。だが、長い付き合いのカダルは今まで見たことがないユーシスの特別扱いに驚いていた。
 そして、今のように大きな軍になる前から共に過ごし兄弟のようにユーシスと接してきたセンカと、是非ともからかいたい、と心に決める。
『カダルも普通の奴だから』
 センカがユメールに言った通り、運命の皇子は下世話な話題も大好きな年相応の青年だった。
 とはいえ、その姿を見せるのはユーシスとセンカ、あとはリアーナの前くらいだったが。
 ユメールを抱き上げて歩くユーシスの姿は目立ち、廊下ですれ違う人々が興味津々に見てくる。はっきりと地位付けしているわけではない皇子軍だが、暗黙の了解でナンバーツーはユーシスだ。そのユーシスに恭しく抱き上げられて運ばれるユメールは、ユーシスの目論見通り、特別な存在として人々の意識に刷り込まれた。
 そんな二人を忌々しく見る瞳があった。バルーンだ。
「自分で歩こうともしないのかよ」
 先ほど、自分を退けたユメールに対して面白くない態度を隠しもしない。元々、皇子の側近として長年反乱軍を率いているユーシスとも折り合いが悪い為、そのユーシスが連れて来たことが余計にユメールを受け入れがたい気持ちにさせた。
「未来なんか見れなくても、皇子の元には人が集まる。皇子がいれば王に勝てるさ」
 忌々しく二人の背中を睨むと、ユーシスとセンカが居ない今こそカダルともっと距離を詰めようと踵を返した。


 ユーシスはそのままユメールの部屋には戻らずセンカの畑の隣にある建物に向かう。
「ここは?」
「食料を保管している倉庫だ」
 陽が入らないよう窓がない建物は石造りの為、中は冷たい空気が流れている。詰まれた小麦や米、長期保存が出来る干し肉の間を抜けて奥に行くと地下に降りる階段があった。階段の一番上にユメールを下ろし座らせたユーシスは、待っていろと言い地下倉庫に降りる。しばらくするとガリガリとした音が聞こえ、上がってきたユーシスの手には藁に包まれた氷があった。
「ほら」
 小さな欠片を差し出されたユメールは暗がりでも分かる透き通った氷に魅入られながら小さく口を開く。
「……冷たい」
 氷だから当然だが、子供の時に自然に出来た氷柱や雪を口にして以来の冷たさに思わず声を上げる。だが、熱がある身体には心地よい冷たさで、ほっとした吐息を漏らす。
 ユメールに藁に包まれた氷を持たせ再び抱き上げたユーシスは、今度は部屋に戻る。すると、リアーナが待っていた。
「ユメール様、大丈夫ですか?」
 体調が悪いことに気づいていたリアーナは泣きそうだ。長椅子に下ろされたユメールは「大丈夫だよ」とリアーナの艶やかな茶色の髪を撫でる。
「リアーナ、溶ける前に用意してやれ」
 ユメールのベールを外してやったユーシスが落ち込むリアーナを促すと「はいっ」と気を取り直し白い液体が入った器と空の器を持ってくる。
 ユメールの手から氷を受け取ったユーシスは器と共に用意されていた綺麗な短剣を持つと氷を削り、空の器を砕いた氷で満たすと白い液体をかけてやる。
「かき氷だ」
「かき氷?」
 初めて聞く名だったのだろう。ユメールは首を傾げる。
「夏の祭りになるとこうやって氷を削って甘い液体をかけて食べる菓子を屋台で売っている」
「お祭りの食べ物ですか?」
 説明されたユメールは具合の悪さを忘れて目を輝かせた。その様子に頬を緩めたユーシスは、木のスプーンを持たせる。
「溶ける前に食べろ」
「はい。……いただきます」
 ワクワクした様子でそっと氷をすくい、口に入れたユメールは、ぎゅっと目を閉じる。
 そして、開くと花のような笑顔を浮かべて身を乗り出す。
「甘くてすごく美味しいです」
 ここに来る前に寄った町でも甘味処に連れて行ってくれ、食べたこともない菓子を食べさせてくれたが、ユーシス自ら用意してくれた分、ユメールの感動が大きい。しかし、自分だけが食べていては申し訳ない、とまずはリアーナにスプーンを差し出す。
「リアーナもどうぞ」
「え?」
 躊躇いもなく分けようとするユメールに驚きユーシスを見る。
「風邪ではないから大丈夫だろう」
 体調を崩してはいるが、移るものではない、と答えるユーシスだが、リアーナの胸中は(それは心配していないけど……)と子供らしからぬ苦笑を浮かべる。
 尊い力を持ち、こんなにも美しい外見をしているのに、ことごとく印象とは違うユメールの態度に驚くと共に好意が増す。
「……いただきます」
 そして、自分が食べたことを喜ぶ笑顔を浮かべた後、おずおずとユーシスにスプーンを向けるユメールに、ずいぶん年上なのにかわいい、と呟く。
「ユーシス様も……いかがですか?」
 小さく笑い口を開いたユーシスに食べさせるユメールの幸せそうな横顔と、見たこともない柔らかなユーシスの横顔。
(うわぁ、あとでカダル様とセンカに報告しなくちゃ)
 先ほどのカダルと同じように思いながらリアーナはジタバタしたい思いを必死になだめ、じっと二人を見つめた。
「それでは、なにかあったらすぐに呼んでくださいね」
 リアーナは器を片づけ、まだ熱が引かないユメールの為に桶に水を入れて手拭いを持ってくると、枕元に座ったユーシスに後を任せて部屋を出る。
「あの、ユーシス様、私は一人で大丈夫ですから」
 先ほどの計画を進める為の打ち合わせなどがある筈のユーシスだ。自分のことは気にしないでくれ、と遠慮する。
「会議は夕方からだとカダルが言っていただろう。俺はそれまで特にやることはないから気にするな」
 本当は普段陣営にいる時にはユーシスも薪割りや食料の調達や警備に出る。だが、昨日到着してから放っておいてしまったユメールの側にいてやりたいと元々思っていた為、休みをもらっていた。旅から帰ったばかりのユーシスだ、当然休ませるつもりだったカダルだが、普段は無理やり休ませないと休まないユーシスの申し出に内心驚いていたらしい。おそらく今は「なるほど、ユーシスになにかしたい時にはユメール殿に口車を合わせてもらおう」と、他人にも自分にも厳しいユーシスの無茶を止められる人間が今まではいなかったが、これからはユメールに頼めばいいと目論んでいるだろう。
 ユーシス自身はユメールに対して甘くなってしまう自分を自覚していた為、自制しているつもりなのだが、分かる人間には分かってしまっていた。
 今もユーシスとしばらく共に居られると知り嬉しそうな笑顔を浮かべたユメールに目を細め見つめる瞳の色は優しく、寝台に散らばる銀の髪を撫でる手つきは触れる存在が大切な者だと感じさせる。
 だが、無邪気な笑顔を見下ろしていると、救い出してからさせている知的な雰囲気との差に表情が曇る。
「……無理をさせているな」
「え?」
 曇った表情と言葉にユメールは首を傾げる。
「疲れもあるだろうが、気が張っていることも熱が出た原因だろう」
 額に乗せた冷たい手拭いがすぐに温かくなってしまう。
 ユーシスが何を気に病んでいるか気づくとユメールは微笑み首を振る。
「大丈夫です。リアーナはいい子なので、私がぼろを出しても大丈夫だと分かっていますから気は楽です」
「……しかし、軍の中にはお前を良く思っていない人間もいる。……辛く当たられるかもしれない」
 バルーンが出ていく時に睨んだ瞳を思い出す。
 それでもユメールは微笑みを崩さない。ユメールにとって辛いことは、ユーシスと共に居られないことだけだ。
 一緒に居られるならどんな境遇でも気にならない。
 代償の為に奪われる寿命がどの程度か分からない。
 あとどれくらいユーシスと共に居られるか分からない。
 だからこそ――
(最期の一瞬までユーシス様の側に居られたら……それだけでいいんです)
 祈るように手をそっと伸ばしユーシスの指先に触れる。
 遠慮がちなユメールの指先を感じたユーシスは自分から指を絡ませる。
「……お前を楽にさせる為にも早く王を倒す」
 決意に満ちたユーシスの声音。
 自分を気遣ってくれる言葉に涙が浮かぶ。
 隠す為に枕に頬をつけると銀の髪が顔を覆う。ユーシスは寝台に腰を下ろすと身を屈めて髪を梳く。
「……お前との約束。きっと叶えよう」
 涙が滲んだ眦を親指でそっと撫でると、外れてしまった手拭いを直す為に後頭部に手を差し込み仰向けにさせる。
 ユメールは涙で滲む瞳をそっと向けると、近づいてくるユーシスの吐息に瞼を閉じる。
「約束はきっと守る」
 ユーシスは囁くと『約束』の証をそっと落とした。
 唇の上に落とされた大切な『約束』。
 ユメールは嬉しさと――悲しみで胸をいっぱいにしながらユーシスの唇を感じる。
 それを更に強く感じさせるようにユーシスが舌でユメールの唇を開かせる。
 触れるだけの『約束』とは違い、驚いてビクッとした手を柔らかく握り締めると、ユメールの息が上がるまで口づける。
 身を起こしたユーシスは熱だけではなく熱くなった身体と潤んだ瞳のユメールを見下ろし頬を撫でる。
 目を細めてしばし見つめたユーシスは手拭いを冷たい水で冷やし直す為に握っていた手を解き寝台から腰を上げる。
 そして、額に手拭いを置き右手で再び手を握り、逆の手を目の上に当てる。
「……ゆっくり休め」
 先ほどよりも熱で浮かされたユメールだったが、冷えた感触に身体が弛緩し次第に意識が途切れ途切れになる。
(ユーシス様との約束が……少しだけでいいから、叶えられればいいのに)
 無意識に空いている手で左胸の痣の上に手を置きながら眠りに落ちる寸前まで、いや、眠りの中でも、たった一つの願いを叶えて欲しいと祈った。

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