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その先にある幸せ【moon child 番外編】

その先にある幸せ【moon child 番外編】
 


 秋の初めのスタイリングルーム。
 その待ち合いスペースには今月いっぱいでmoon gardenのホストを辞める青のナンバーワンの大輝がノートパソコンを開いている。その隣には赤のナンバーワンの真木が住宅雑誌を眺めていた。このスタイリングルームの主である間宮は、3人分のコーヒーを淹れ真木の隣に座わるとパソコンに向かっている大輝に問いかけた。
「そういえば、伊織さんのマンションを断ったんだって?」
 幸矢を連れてmoon gardenを出る大輝がマンションを探すであろうことを見越したオーナーである佐伯が、自分が住むマンションの空いた部屋に来たらどうか?と誘ったらしい。
 佐伯の名義になっているマンションだが、間宮と共に住む最上階以外には、一般人が入っている。セキュリティがかなりしっかりしているし、近くに間宮もいれば幸矢を住まわせるには良いのではないか?と空き部屋を格安で提示してくれたのだ。
 しかし、その誘いを断ってきた、と昨夜恋人から聞いた間宮は残念そうな口調だったが、視線を上げた大輝の答えを聞くとその顔に微笑みが浮かんだ。
「あんたの側に住んだらゆきは甘えるからな」
 強い独占欲が表れた言葉。こんな言葉を素直に口にするようになった関係に嬉しくなる。
 しかし、隣では真木がからかいの言葉を向ける。
「自分以外には甘やかさせたくないってか。
 まったくゆきちゃんも厄介な奴に惚れられたな」
 しかし、パソコンに再び視線を落とした大輝は否定はせずに応酬した。
「お前が言うか?」
「……」
 まさかの応酬だったのか、一瞬真顔になり押し黙った真木だったが、すぐに軽く笑みを浮かべ、その表情に見合った軽い口調で応戦した。
「俺はお前と違って素直にナオへの執着を表してるぜ」
「……じゃあ厄介なのは奈央都の方か」
「なんだよ、それ」
 珍しく饒舌な自分が向けた言葉に眉を寄せた真木をちらっと見ると、以前、奈央都が口にした言葉を教えてやろうかと思う大輝だったが。
【子供の執着だよ】
 あの言葉を口にした奈央都の真意が分からぬ為、いらぬ波風は立てない方がいいか、と考え直す。
 しかし、今までだったならばそこで黙ったが、幸矢によって人としての温かさを取り戻した大輝は静かに口を開く。
「あいつは溜め込みそうだから、分かりやすく伝えていけ」
 思ってもみなかった真面目なアドバイスに虚をつかれた真木だったが、他人に奈央都を自分よりも分かっているような口振りをされ面白くなかったようだ。
「心配されなくてもちゃんと伝えてるさ」
 まるで胸を張るような口振り。大輝は口角を上げると、傍観している間宮に視線を投げた。
「逆にうざがられてるか」
「っぷ」
 淡々とした物言いだが、口にしたのが大輝な為に間宮は内容とのギャップに思わず吹き出す。
 それに「ナオはウザかったりしねぇよ!ってマミー!なに笑ってるんだよ!」とムッとした真木に、涙を拭きながら思ったことを口にした。
「いや、ゆきちゃんパワーってすごいなって思ってさ」
 その間宮の言葉は真木の機嫌を直すにはかなりの効果があった。
 間宮の言葉が聞こえていただろうに見事にスルーし、パソコンに視線を落とした大輝に再び突っ込もうと口を開こうとする。しかし、間宮がそれを横から止めるように話題を変えた。
「たまにはゆきちゃんここに連れて来てな」
 その言葉は、大輝がホストは辞めるが勤務先をシステム室に変えるだけの為だった。
 この1ヶ月で知ったのだが大輝はそこそこシステム関係に通じているらしい。大輝が読む【難しい本】の中にはシステム関係の本もかなりの量を占めていた上、たまにシステム室の人間から依頼されプログラムを部屋で確認したりもしていた。
 しかし、幸矢がスタイリングルームでしかパソコンを使っていなかったのは、大輝の意地悪ではなく、単にまだ幸矢には扱えないだろうと思っていただけだ。(大輝の中に時間潰しでネットサーフィンをする考えがない為、知識がない人間がパソコンでなにをするのだ?といった考えだった)
 最近では幸矢が料理のホームページなどを見ていることを知り、ユーザー切り替えの設定をして幸矢にも使わせてやっている。
 今も間宮がパソコンの調子が悪いと言っていたと幸矢に頼まれ見てやっている最中だった。
 そんな大輝の意外な一面を知っていた佐伯が部署変えとして、システム室への勤務を提案したのだった。
 幸矢と2人、約やかな生活を送れば一生働かなくても良いだけの蓄えはある。しかし、金はいくらあっても困らぬ、と知っている大輝は自分がかっている佐伯の元ならば良いか、と頷いたのだった。
 その為、たまには遊びに連れて来てな、との間宮の言葉だったのだが、返された大輝の返事は――。
「ここには二度と連れてくるつもりはない。
 あんたには悪いが、ゆきにとっていい環境だとは思えないからな」
「……」
 もっともな言葉に押し黙った間宮は、そうだよな…と目を伏せる。
 自分は好き好んで佐伯の隣にいる為にこの世界に足を踏み入れたが、出来るならば、足など踏み入れない方が良い世界だ。
 しかし、仲の良い人間を見送ることに慣れていない間宮は「そう…だね、危ないもんね」と沈んだ呟きを漏らす。
 隣では真木も現実を突き付けられ、どこか暗い色を瞳に浮かべている。
 視線を上げた大輝はそんな2人に告げた。
「だから、あんたが来てくれ。
 真木も奈央都を連れて来てやってくれ」
「「ぇ」」
 2人同時に目を見張り大輝に視線を向ければパソコンの蓋を閉じながら続ける。
「同じマンションには住まないが、近くには住むつもりだから、たまにはマンションにも遊びに行かせてやってくれ。
 ……これからも、ゆきを頼む」
 頭を下げるまではしなかったが、まさかこんな言葉を大輝から言われると思ってもみなかった2人は返事に遅れる。
 そして、外の世界に出るのならば、社会の裏世界に身を置く人間になど関わらないほうが良いだろう、と卑屈になりかけた真木は不覚にも瞼が熱くなる。
 そんな真木の気持ちが伝わったのかは分からないが、先に我に返った間宮が穏やかな微笑みを浮かべ真木を見た後、もちろん、と頷いたのだった。

  


  ◇◇◇◇◇





「ゆき、ちょっとこい」
 部屋に戻った大輝は、洗濯物を畳んでいた幸矢を呼ぶ。
 ソファーに座ってかなり小さく薄いノートパソコン見ていた大輝の隣に座り、画面を目で示され覗きこむ。
 まだこれがスタイリングルームで使わせてもらっているパソコンと同じだと知らなかった頃。難しい本と同じ比率でこれを開く大輝に、なにが見れるんだろうと何度も覗きたくなった。
 パソコンにさまざまな色や形があるだなんて知らなかった幸矢からすると薄型で小さな大輝のパソコンは未知の機械だったのだ。
 しかし、最近は見慣れた少し小さな画面。
 その中に映し出された映像を見た幸矢は「わぁ、きれー」と呟く。
 それを聞くと「ここでいいか?」と訊いた大輝に不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた幸矢が見たのは高級マンションのホームページだった。
 今まで薄汚れた場所しか知らなかった幸矢だったが、大輝と出会ってからは綺麗な街やお店に沢山連れて行ってもらっていた。その中でもパソコンに映る写真は幸矢からしてみれば、お城みたいに綺麗な建物だった。
 だから――
「引っ越しだ」
 と言われても反応が鈍い。
「ぇ?」
「来週からここに住むからな」
「ぇ…住む…って」
「ここを辞めるわけじゃないが、ホストは辞めるからな。控え室のここにいつまでも居座るわけにはいかないだろう」
「で、でも、こんな綺麗なとこに…おれ…住んでいいの?」
 大輝の言葉を理解した瞬間、幸矢は輝かせていた瞳を陰らせ怯えた表情を浮かべる。
 確かに普通に育った人間ですらしり込みしそうな外観だ。今まで薄汚いアパート暮らししかしてこなかった幸矢がびくつくのは当然だろう。
 しかし、ホームページの写真を切り替えながら大輝はなんでもないことのように言う。
「家賃は払うんだ、問題はない。
 それに、ゆき。
 ここに住んでいる人間は、皆同じように【人間だ】」
 大輝がなにを言いたいのか、なにを伝えてくれているのか、今の幸矢はきちんと理解出来る。
 普通ではない、と自信がなかった自分を大切にしてくれた大輝のお陰で、少しづつ自信が持てるようになれた。
 だから、新しい世界に行くことも怖くない!と頷く。
「引っ越し、楽しみにしてる」
 顔を上げて明るい口調で未来を語る幸矢に視線を合わせた大輝は微笑む。
 しかし、幸矢ははっと何かを思い付いたようで瞳を陰らした。
「どうした?」
 それをすぐに感じとった大輝は、パソコンをテーブルに置くと幸矢を抱き寄せ膝に乗せる。
 正面から大輝と視線を合わせた幸矢は口ごもりながら、瞳を陰らせた理由を口にした。
「もう……マミーたちに会えなくなるの?」
 口にした瞬間、淋しさが膨れ上がったのか口をきゅっとし、湧き上がるモノを耐えた幸矢。しかし、大輝がすぐにその陰った表情を消し去る。
「いや、新しいマンションに遊びに来いと言ってあるし、お前も間宮のマンションに遊びに行ってもいいぞ」
「本当?」
 瞬間、現金なほど明るい笑顔を浮かべた幸矢に「他に気になることは?」と先回りし、不安を聞く。
「えっと、金魚連れていける?」
「ああ。
 ペット可だから他にも飼いたければなにか飼えばいい」
 間宮達に会え、金魚も連れて行けるのならば不安はきれいに消えた為、次に幸矢を包んだのは新しい生活への楽しみ。
「犬……ふわふわの…飼ってもいい?」
 思い描いたのか、幸矢自身がふわふわした印象を与える笑みを浮かべる。その笑みは見ている者に触れたいと思わせる。その欲求を我慢せず一年前よりもかなり肉付きがよくなった滑らかな頬を摘まみながら顔を寄せる。
「躾はきちんとして、散歩はゆきがしろよ」
 それに「大輝、痛いよ」と抗議するが本気で痛いわけではない幸矢は笑いながら「うん」と頷く。
 そして、頷きから顔が上がれば待ち構えていたように大輝の唇が合わさる。
「ンッー」
 初めて抱かれてから、もう何度もキスをしたし、体も繋げている。
 しかし、いまだに最初は照れて逃げようとする幸矢。
 最初は幸矢を怖がらせないよう、慎重になっていた大輝だったが、最近は少しづつ教え出しているようだ。
「ほらゆき、舌」
 まずは自分から舌を絡ませることから始まった教え。
 ようやく、それが出来るようになった幸矢に次はなにを教えるつもりか――。
 しかし、今は自分を跨らせた太ももに触れながら、幸矢からの口づけを楽しむ。
 焦らなくてもいいから。
 時間は沢山あるから、と。

            END

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