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祈りの花 9

<祈りの花 9>

 しばらくすると先見だと思われる場面がユメールの頭の中を流れ始める。
「っ……」
 それは瞬間的な場面だったり、会話が聞こえるものだったり様々だ。
 慣れないユメールは場面を理解する為にも鮮明に見えるよう黒髪を強く掴む。しかし、頭の中を様々な場面が瞬間的に襲う負担は大きく、前のめりになり息も荒くなる。
「ユメール!?」
 目を強く瞑り眉を苦し気に歪めるユメールに焦ったセンカが強く肩を掴み揺する。しかし、頭を振って手を払うユメールは自分が求める【ユーシスの役に立つ】場面を探すことに集中する。日常の先見では意味がない。
 ――どの位の時間が経ったか。
「……あった……」
 ユメールは呟くと見つけた場面に意識を集中させる。しかし、眉を更に歪めしばらくして瞼を開いたユメールは辛そうな瞳をセンカに向けた。
「大丈夫か!? 具合悪くなったか!?」
 センカはそっと肩を掴み青白いユメールの顔を覗き込む。センカの心配をゆるく頭を振ることで否定したユメールだったが辛そうな表情は変わらない。
「センカ、紙…ありますか?」
「え?」
「間違えるわけにはいかないので……私が話す先見を書き取ってください」
「わ、わかった」
 袋を漁ると紙を出し、ユメールが口にすることを素早く書き取り出した。
 半刻程かかって書き写した先見を前に二人は難しい表情を浮かべる。
「これ……マズいよな」
「ですよ…ね。……私の先見に間違いがないという証はないんです。……でも、この先見が本当に起こる事なら……」
 センカは少し考える。
「……この先見の時間って【今夜】だよな」
 ユメールは小さく喉を鳴らすと頷く。
「……ちょっと打ち合わせして、ユーシス様のところに行こう」
「……はい」
 そこから一刻ほど打ち合わせをした二人は、緊張した面持ちで深呼吸し立ち上がる。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」
 解いた黒髪を背中に払いながら立ち上がったユメールが悪い足の為、バランスを崩す。そんなユメールを支えたセンカは鋭い気配をまとい部屋を出た。
 広間に戻ると男達はかなり酒が進んだ様子だ。しかし、その中にはユーシスの姿がない。
「あのユーシス様は?」
 広間に来るまでに鋭い気配を隠したセンカは料理を運ぶ女を呼び止め小声で訊く。
 すると女はどこか艶めいた笑みを向けてきた。
「……野暮ですよ」
 やはり姿が見えない棟梁と一緒か、とセンカはそっとユメールを窺う。
「まぁ、棟梁も旦那亡くしてかなり経つしね」
「お似合いだったわよね」
 ここに来る間に知的に見えるよう表情を消したユメールは胸中を窺わせない。
 そんなユメールの前で女達は普段面白みのない生活の中に突然現れた美丈夫に舞い上がっていた。
 しかし、そんな浮かれた空気に淡々とした声が響く。
「ユーシス様の元に案内していただけますか」
 温度を感じさせない声音と無表情は、ユメールの内面を知らなければ思わず膝を折ってしまいそうな神々しさだ。
 女達も表情を改め視線を合わせると、ラパスの息子の乳母だと思わしき女が前に出た。
「ご案内します」
 ラパスと同じ程の年だが、息子の乳母を任されるだけあり、この部族の女達の中でも発言力がありそうな雰囲気だった。
 先に立ち歩き出した女の後を追おうとしたユメールだが、思い立ち残った女達を振り返る。
「……皆さん、このことは内密にお願いします」
 神妙に頷いた女達を見届けたユメールは凛とした背中を見せてその場を後にした。

 ラパスの部屋は一番奥にあった。長い廊下を緊張し足を引きづりながらも遅れないようセンカに支えられ歩いたユメールは扉の前に来ると無意識に心臓を押さえる。この向こうにどんな光景があろうと冷静に、と自分に言い聞かせる。
 ユメールの様子に気づいたわけではないようだが、案内してくれた女が扉の向こう側の様子を少し伺う素振りを見せる。
「……皆、からかい半分で意味深なことを言っただけで、棟梁がそんなことをするとは誰も思っていないのよ。ただ、内密な話があることは事実だと思うので……」
 言い訳めいて聞こえるのは、自分達の棟梁が尻軽だと思われたくない女ならではの感情だろうか。
「分かっています。ユーシス様も棟梁に折り入ってお話されたいと申してましたから」
 ユメールは女に安心させるよう、自分も無意識に安堵しながら頷く。
 ユメールの言葉に表情を和らげた女は、手を上げると木の扉を軽く叩いた。
 中の会話は聞こえない程度に厚い扉が少しすると開く。
「何かあったのか?」
 中からは宴の時と変わらぬ服装のラパスが顔を出し女に問いかける。しかし、ユメールとセンカの姿を見つけると眉を寄せて心配気な声音を向けた。
「どうされました?」
 ラパスの口調に背後で誰かが立ち上がる気配がし、すぐにユーシスの姿が現れた。
 こちらも宴の時と変わらぬ服装にユメールは肩から力を抜く。
 すぐにラパスの後ろから前に出たユーシスは、解いている黒髪に気付くとそっと掴む。黒髪の部分が身体から離れたことで楽になったユメールが細く息を吐きながら足から力が抜ける。センカに二の腕を持ち支えてもらっていた為、倒れることはなかったが、自然とユーシスにもたれる形になった為、センカは手を離しユーシスが抱き上げた。
「ぁ、すいません」
 浮遊感に状況を把握したユメールは目の前の青い瞳にどぎまぎしながら詫びる。しかし、ユーシスはすぐ部屋に入り、センカに扉を閉めさせるとユメールの瞳を直視し強い口調を向けた。
「なにか見たのか?」
 ユーシスの言葉に一斉にユメールに視線が集まる。
 いくつもの強い視線。
 その強さが先見に対しての期待だと肌で感じたユメールは緊張しながら口を開いた。
「……内通者がこの場所を王に告げようとしています」
「まさか!」
 反応はラパスが一番早かった。眉を上げユメールに詰めよる。
「裏切り者などいない!」
 ラパス率いる山賊は、王に無謀を企んだ罪で追われた一族だ。本来、居場所が知れればすぐに討伐される。しかし、この場所は複雑に入り組んだ場所にあり、王側は掴めずにいた。
 それが、裏切り者による密告があると聞き「そんなことがあるか!」とラパスが怒りも露に吐き捨てる。
「……私を手土産に北の領土を所望するつもりのようです」
「待て、お前を手土産だと!?」
 感情が高ぶっているラパスを冷静に観察していたユーシスだが、続いた先見に口を挟む。
「はい。ですが、裏切り者が事前に分かる未来ならば、この場所も王に気づかれません。……ただ……」
 自分を睨むラパスに視線を向けたユメールは、感情を殺し、無表情で告げた。
「その未来に行き着くと、あなたの手で、今まで仲間と呼んでいた人を手にかけることになります」
「な……にを……そんなことを信じろと!?」
 ユメールが蒼の一族の先見だと理解しているが、仲間から裏切り者が出て、その人間を自分が手にかけることは頭が、感情が、追い付かなかった。
「……ラパス殿、話を詳しく聞いてはどうか」
 無表情に見えてはいても、腕の中のユメールが気に病んでいる気配を感じたユーシスが静かに告げると、我に返ったラパスが応じる。
「……あ、あ。取り乱してすまない。……先見殿、詳しく話していただけるか?」
 先ほどまでの鋭い視線ではなく、棟梁たるべき知的な瞳に戻ったラパスにユメールは小さく頷く。
 今までユーシスとラパスが酒を酌み交わしていた場所にユメールを下ろし、隣に座ったユーシスは解いてしまった黒髪を結い直す。その瞬間、流れていた先見が消えユメールの呼吸が楽になった。
 ユーシスを中央に右にユメール左にセンカが座り、ユーシスの正面にラパスが座り、そして案内してくれた女、ファラハがラパスを伺い見る。
「他言無用だ」
 子供の世話を任せているだけあり、信用しているのだろう。同席を許し自分の隣に座らせた。
「それで、先見殿、誰が裏切り者だというんです?」
 身を乗り出し問いかけたラパスにユメールは首を横に振る。
「見えた光景では顔を布で覆っておりましたので、誰とは」
「……お前を手土産と言っていたが……王の元に連れて行かれるということか?」
 ユーシスが低い声で問う。
「いえ、裏山までは連れて行かれるようですが、そこからはラパス様が……手にかけられる横にいる光景と……」
 そこで言葉を切ったユメールは細く息を吸い込み、微かに震える声で告げた。
「ラパス様が……倒れておられる隣にいる光景を見ました」
「っ、どういうこと!? ラパス様になにかあるというの!」
 取り乱した女を手で制したラパスが静かな眼差しで先を促す。
「……その前の様子ははっきりとは見えなかったので、どういう状況かは分かりません。ですが、ラパス様が……息絶えたことを確認した後、王の元に向かおうとします」
 ラパスが殺されると聞いた女は息を呑み、意味もなく頭を振る。ラパスは深く息を吐くが冷静さは失わない。
「その後、一族は皆殺しか?」
「いえ、男はユーシス様が切って絶命します」
 自分の名前が出たことに眉を上げたユーシスに視線を向けられたユメールは小さく深呼吸する。
「……命を落とすのは裏切り者か……ラパス様のどちらかのみ」
「じゃあ、裏切り者を探せばいいじゃない!」
 女が声を上げ、誰もが思い付くことを口にする。しかし、隣のラパスは少し考えると違う選択はないのか? と問う。
「先見殿が一人にならなければ……それか、今すぐこの砦を皆さんが出た場合の未来は?」
 冷静に見えるがその問いの根底にある、仲間から裏切り者を出したくない気持ちを察したユメールは目を伏せる。
「……その場合、裏切り者を止める人間がおらず、この場所を王に告げられ……」
 そこで言葉を切ったユメールの後をラパスが続けた。
「一族皆殺し、か」
 辺りをしばらく沈黙が支配する。それを破ったのは、強い光を瞳に宿したラパスだった。
「私が選ばなければならない未来はひとつ。一族を守ること。それには裏切り者をこの手で排除するのみ」
 一族全員の命を背負う強さがそこにあった。
「先見殿、それにはどうすれば良い?」
 膝を詰められたユメールは唾を飲み込み口を開こうとする。
 自分の言葉で未来が定まる、初めての瞬間に緊張していた。しかしその時、ユーシスが二の腕を掴み待ったをかける。
「これは、未来を【引き寄せて】いるのか?」
 眉を寄せているユーシスの言葉の意味が分かるのはユメールだけだ。
 自分を心配してくれるユーシスに、思わずあどけない笑顔を浮かべる。しかし、自分を見ているラパスとファラハの視線を感じたユメールは、すぐに立場を思い出し表情を消すとユーシスに答える。
「大丈夫です。自然に見えた未来です。いくつか選択肢があるのはそこから先はまだ未来が決まっていないのだと思います」
 ユーシスに話した未来を引き寄せる力は、定まっていない遠い未来を好きに選び引き寄せる為に代償がある。しかし、話している先見は、自然に見えたいくつかの定まる予定の未来を選ぶことが出来るのだ。本来、先見の人間が出来る、やってもいい関与はここまでなのだ。それ以上の関与は未来を大幅に狂わす。その為の代償だった。
「ならば、いいが。……しかし、どうしてもお前が捕まらなくてはならないのか?」
 ユメールの先見を疑うわけではないが、もし王の元に連れて行かれたら、再び連れ出すことは困難だ。ユーシスの瞳には、先見を奪われる危機感だけではなくユメールの身を案じる色が強くある。
「心配して下さってありがとうございます。ですが、私が皇子に会う未来は定まった未来です。もし、王に捕まったとしても、おそらく再び脱出出来るのだと思います。……今、私が分かるのは範囲では、この選択でしか皆さんの生きる為の未来はないと思います」
 ユメールの言葉に息を吐き出したユーシスは仕方ないと了承の頷きをする。
「先見殿。我々の為に身を呈してくださり感謝する」
 命をかけてくれるユメールにラパスが頭を下げると、裏切り者をあぶり出す為に計画を綿密に立てる。
「いつ捕らわれるかは分かるのか?」
「月がなかったです」
「新月ならば、三日後だな」
 思った以上に近い未来にその場に緊張が走る。
「だが、俺とセンカが常に一緒にいるはずだと分かっていて、どうやってユメールを連れ去るつもりだ?」
「……すいません、その辺りは見れませんでした」
 ユーシスの言葉はもっともだ。逆にユメールを一人にした方が裏切り者が不審に思うかもしれない。各々考えを巡らせる沈黙がしばし続く。それを破ったのはラパスの隣で心配そうに会話を聞いていたファラハだった。
「もしかしたら、食事に毒を混ぜるとか……」
 その言葉にそれまで黙っていたセンカが声を上げる。
「なるほど!」
「ならば、裏切り者は給仕する人間か?」
「それは分かりませんが……念の為、広間で出されたものは食べるふりだけにして、お部屋で食事を摂るということにしては? 私がきちんと目を光らせて運ぶところまでしますし。三日後の夜は毒を呑んだふりをされて、わざと先見様をお一人にして奪わせる、とか……どうでしょう?」
 ファラハの言葉にラパスが同調する。
「確かに食事は広間で食べる。器に薬を入れておくことは容易いな」
「あとは……私がお部屋を外から見張ります。もし、先見様が連れ去られたら後を着けて、裏切り者を探ります」
「これ以上、話を広げられない以上、その策が一番か」
 ラパスがユーシスに視線で確認する。
「……そうだな」
 ユーシスは短い返事をすると、静かに話を聞いているユメールに視線を向け、表情の変わらない横顔をじっと見つめた。
「では、この事はくれぐれも内密に。先見殿、危険な目に遭わせてすまない」
 話が終わり、立ち上がっているユメールに頭を下げるラパスに「いいえ」と頭を振る。その動きでバランスを崩したのか、ラパスに向かって倒れ込む。
「っ……大丈夫ですか?」
 一瞬、目を見張ったラパスだったがすぐに体勢を整えユメールの顔を覗きこむ。
「……すいません。それでは……失礼します」
 目を合わせたユメールはゆっくり瞬きをした後、ユーシスに支えられて退室の挨拶をした。
 ラパスの部屋を出た三人は無言で与えられた部屋の前まで来ると、周囲を見回しセンカもユーシス達の部屋に入る。鍵をかけて部屋に誰もが潜んでいないかを確認したユーシスは、寝台に座ったユメールの前に腰を下ろすと鋭い視線を向けた。
「……それで、本当に裏切り者は分からないのか?」
「いえ」
 ユメールは問いに驚くこともなく首を横に振る。
 そもそもユーシスに隠し事をするつもりはないのだ。ユーシスの隣に座ったセンカは共に計画をした為、驚かずユメールを見る。
 ユメールは布で覆われた黒髪を掴むと、自分が見た本当の【先見】をユーシスに話した。





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