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祈りの花 8

<祈りの花 8>


 ユメールが長衣を身に着けると、ユーシスは昨夜のように黒髪の部分を布で巻いてやろうとする。昨夜は旅の途中で目立たせない為だったが、今は黒髪に触れる度に先見をしていてはユメールの負担が大きいだろう、との配慮だ。
「あの、自分でやります」
 しかし、ユーシスの手をわずらわせたくないユメールは鏡に向かい自分で髪に巻く。
「……無理だな」
 出来上がったあまりに不恰好になった髪形を笑ったユーシスが背後から抱くように髪を編み直す。
 背中に当るユーシスの身体から伝わる熱を感じたユメールは、突然鼓動が速くなって胸に手を当てる。そして、何故か先ほどの約束の口づけを思い出すと、おかしな熱が身体を包む。
 ユメールを包み始めた――いや、姿を見たこともない時から芽吹き、今、花となって咲き始めている気持ちの名を世間では何と呼ぶのかをユメールは知らなかった。知らない為、意識することもなく、自分の中を占めていくユーシスへの想いを止めることもせず、自分の全てを傾けていった。
 それから夕方まで身体を休め、部屋に案内してくれた女が呼びに来ると正面の部屋から出て来たセンカと共に女の後に続く。
「二人とも風呂に入ったんですか?」
 どうやら身体を休める為に横になったまま眠ってしまったらしいセンカが羨ましそうにさっぱりした二人を見る。
 ユーシスに対して緊張してしまい、口数が少なくなっていたユメールだったが、センカの登場に肩から力を抜くと明るい声を向ける。
「あのね、すごく広くて泳げそうでしたよ」
 自分の立場を理解しているユメールは、くだけた無邪気な響きを女には聞こえぬようセンカの耳元で小さく囁く。
「いいなぁ、俺も後で入ろう」
 つられてセンカも小声になる。顔を寄せ合う二人にユーシスは小さく笑った。
 センカと話したことで緊張が解れたユメールは、自分を護るように隣に座るユーシスに対しても身体を固くしないでいられた。
 子供を救ってくれた歓迎の宴は、女棟梁と幹部と紹介された三人。そして、それぞれの部下が十人程とこちらの三人が絨毯の敷かれた広間に直に座った形式で開かれた。
 幹部の一人目は三人をここまで連れて来たサンザという男。ラパスの左隣に座っている。サンザは三十代前半で強面ではあるが面倒見が良いのか部下達に酒を自ら注いでやっている。二人目は山賊には見えない知的で穏やかな容貌の二十代後半のシハーブという男でサンザの左隣に座る。残りの一人は、濃い髭で厳つい容貌を強調させている四十代のファクルという男。ラパスの右隣に座り存在感を出している。
 そしてこちらはラパスの前にユーシスが座り右隣にユメール。ユメールの隣にセンカが座った。
 この大陸は地方ごとで食事の形式が異なる。北の土地は床に座っての食事だが、南と中央は椅子に座ってが多い。
 ユメールは幼い頃は椅子に座り、捕らわれてからは寝台で食事を採らされていた為、周りの男達のように胡座をかいたことがなく、周りを窺いながら真似をする。しかし、左右の足の太さが違うユメールに胡座は難しい。なんとか体勢を保とうとするが、なかなかきちんと座れない。すると隣からユーシスが手を伸ばすと腰を支え、耳打ちをした。
「足は横にして座っておけ」
 馴れない胡座よりも座りやすかったユメールは言われるまま足を横にし、視線を並べられた料理に向ける。
 宴に並んだ料理は、ユメールが先見した光景と同じだった。
 中でもユメールの目が吸い寄せられた果実。
 小さく身を乗り出したユメールの鼓膜を低い笑い声が震わす。
「お前が好きな果実はあれだろう」
「はい」
 ユーシスが目で示す黄色の果実。
 母と北の地に着く前に食べたのが最後だ。
「甘くて、美味しいの、覚えてます」
 ユメールは母との思い出も合わせ、柔らかい微笑みを浮かべユーシスを見上げる。だが、知的に見せることを思い出し、すぐに澄ました表情を浮かべるとユーシスが吐息だけで笑う。ユーシスの目が笑っていることに気づくと恥ずかしくなり小さくなる。だが、顔に山賊達の視線を感じた為、背筋を伸ばし渡された杯を手にした。
 乾杯から始まった宴は、和やかな雰囲気で進んだ。
 ユーシスが取ってくれた果実を食べ頬が緩んだユメールだったが、次第に沸き上がる涙を堪える。
 楽しそうな会話。笑顔が溢れる空間。
 あまりに今までの時間と違い過ぎて、ユメールの感情が大きく揺れる。
 この二日間、急速に感情や感覚が年齢に追い付くように育っているユメールは様々なことを自分の中で処理出来なくなる。特に、ユーシスがラパスと親しげに話す光景に胸が痛くなる自分が分からず俯く。
「ユメール? どうしたんだ?」
 手が止まったユメールに気づいたセンカが顔を覗き込むと、泣くのを堪えている様子に慌て、ユーシスに声をかける。
「ユーシス様、なんかユメールの様子が」
 呼ばれたユーシスはすぐに振り向き、身体を寄せて様子を見る。額に触れ、具合が悪いわけではないか? と問いかけるユーシスにユメールは首を振る。しかし、今の自分の状態を説明出来ず苦し気に眉を寄せる。
 視線を絡めたユーシスが額に触れたり首筋に手を当てたりして熱はないことを確認すると「疲れが出たか」と呟き落ち着かせるように頬を撫でる。
 ユーシスが口にした疲れとは、身体はもとより精神的なことでもあった。
「先見殿は未来を見てお疲れのようだ。部屋で休んでいただいて構わないか」
 ユーシスの声に顔を上げたユメールの視界にこちらを心配そうに見るラパスの表情が入る。
「大丈夫か? 医師の心得がある者を呼ぶか?」
 こちらにわざわざやって来てくれ心配そうに覗き込むラパスの膝頭がユーシスに触れるのを見て、ギュッと目を瞑り頭を振る。
「熱はないので、疲れが出ただけでしょう。お心遣い感謝します」
 ユメールに代わり答えたユーシスはセンカを見る。
「私はラパス殿とまだ話があるから、センカ頼めるな」
 しかし、その言葉にユメールが首を横に振る。
「大丈夫です」
 ユメールの瞳はユーシスと離れてたくない、と雄弁に語っていた。いや、離れたくないのはもとより、ユーシスとラパスを二人で話させることが嫌だと思ってしまった。
 しかし、自分を見つめるユーシスが、厳しい視線を向けていることに気づくと俯く。
 ユーシスの目的は山賊達と手を組むこと。
 それには今夜の宴で親密になった方が良いことは分かる。
 今の自分は邪魔なのだ、と理解したユメールは大人しく「部屋に戻ります」と小さく口にした。
「ユメール、果実もらっていって、良くなったら部屋で食べような」
 落ち込んだユメールを察したセンカは隣から元気づけるように笑顔を向ける。
 その明るい笑顔に少し表情を和らげたユメールはラパスに向けて頭を下げた。
「途中ですいません」
「いえ、ゆっくりお休みください」
 美しい微笑みで見送られたユメールは立ち上がると、なにを考えているか胸中を窺わせないユーシスを一度見て「ゆっくりお休みください」と他人行儀な言葉を向けられ、寂しい気持ちで広間を後にした。
 ユメールを部屋まで連れて来たセンカは一度自分の部屋に戻ると毛布を抱えて戻る。
「ユーシス様は遅くなるだろうから、俺こっちで寝るな」
 まだ眠るには早いが、センカは確信めいた口調だ。
「……ユーシス様……そんなに遅くなるんでしょうか」
 センカが一緒に寝ようとする程とは、とユメールは怪訝というよりは不安そうな表情だ。
「ぇ……あ~……ほら、手を組む話をするには時間かかるだろうしさ」
 歯切れが悪いセンカだったが、寝台に座る暗い表情のユメールを見ると床に腰を下ろして見上げる。
「……あのさ、ユメールってユーシス様のことは先見で知ってたんだよな」
「はい」
「……それってさ、ユーシス様はやっぱり特別な感じなのか?」
「はい」
 即答したユメールにセンカは眉を寄せる。実際、この二日間のユメールを見ていて、ユーシスへの気持ちの傾け方は初対面とは思えなかった。そして、先ほどのラパスと距離を縮めるユーシスに落ち込んだ態度に感じるものがあったセンカは、少し考えるとそれまでの少年らしい眼差しから一転、歴戦の戦士の深い眼差しを向けて口を開いた。
「あのな、ユメール、ユーシス様は王を倒す為ならなんでもするって決めてる」
「……はい」
 センカの雰囲気が変わったことを感じたユメールは背筋を伸ばし視線を合わせる。
「情報を引き出す為なら親密になることもいとわない……意味、分かるか?」
「……すいません……」
 センカが言いたいことが分からず戸惑ったユメールは素直に首を横に振る。センカは細く息を吐くと淡々と告げた。
「相手の心を開かせる為なら……身体を使う時もある。ユーシス様はあの外見だろ、男女問わず夢中になる奴は多い」
 目を見張ったユメールに構わずセンカは続ける。
「それと、ユーシス様は陣営に戻れば常に皇子の側にいる。……一番大事なのは皇子だから」
 そこまで言われたユメールは、センカが自分になにを伝えたいか分かった。
 自分にとってユーシスが特別でもユーシスにとっては、そうではないと。
 確かに自分がユーシスに対してかなり傾倒している自覚があったユメールは長衣を掴み、自分の中に渦巻く感情を堪える。
 ユーシスだけが支えだったユメールは、無意識に自分だけを見てほしいと思っていたことを自覚し、そんな自分を恥じる。
 ユメールの長衣を掴む手にかなり力が入ったことに気づいたセンカは辛そうに眉を寄せる。
「……ごめんな……早めに知っておいた方がいいと思ってさ。…………だけど、ユーシス様、その……相手を利用する事……なんでもないようにしてるわけじゃないからさ……変な目で見ないでくれよな。全部王に勝つ為なんだよ」
 ユメールに心構えをさせるつもりで口にしたことだが、正義が綺麗事ではないことを知るセンカの言葉尻は苦い。
 その声音に視線を向けたユメールは、センカの表情に自分の中に渦巻いていた落胆とも呼べる感情が薄らいでいくことを感じた。
「……変な目でなんて見ないです。それに、センカは悪くないです。教えてもらわなかったら、ユーシス様の迷惑になるところでした」
 確かに自分はユーシスしか目に入っていなかった。知らぬまま、目の前で他の人間と親密になられたら感情のまま、嫌だと口にしてしまったかもしれない。
 そして、自分の気持ち以外のところで身体を繋げる辛さを誰よりも知っているユメールは静かに告げる。
「私が……希望の為に頑張っていらっしゃるユーシス様をそんな目で見ることは決してありません」
 深い声音にセンカははっとし、見上げた先の儚く微笑むユメールに胸をつかれる。
「だ、だけど、そういうことするのは余程の時だから。それに、ちゃんと合意の相手だから」
 一気にユメールが大人びて見えたセンカは、ユメールの肌に残っていた痕を思い出し、地下室で受けた心の傷を抉ってしまったかと慌てて言い訳る。決して無理やり、相手を傷つけるようなことはしていない、と。そんなセンカにユメールは柔らかく微笑みかける。
「はい。いくら勝つ為でもユーシス様が人の心を傷つけるようなことをするとは思いません……逆に……そんなことをする自分に傷ついているんじゃありませんか?」
 変な目で見るな、と口にしたセンカは、察しているのでは? と心配そうな視線を向ける。ユメールの言葉の前半にほっとした表情を浮かべたセンカだったが、後半部分には苦い表情になる。
「……見せないけどな。でも、湯を浴びる時間が長くなったり、酒の量が増えたりするから……」
 あまり感情を表に出さないユーシスだ。仲間内でもユーシスが自分の情報収集のやり方に思うところがあることに気づいている者はほぼ居ない。だが、センカはユーシスと行動を共にすることが多い為、どことなく違う空気を感じるようになったのだ。
「でも、勝つ為には、俺も汚いこともするし……人だって殺さないといけない時もあるし」
 奥歯を噛み締めるセンカは、自分が射った矢が王の兵士の胸を突き刺した瞬間を思い出し、唇を噛む。
 したくてするんじゃない。だけど、誰かがしなければ勝てない。
 自分の手が血で汚れている錯覚を見たセンカは太ももに擦りつける。
「……早く、ユーシス様やセンカがそんなことをしなくてもいい時代にしたいですね」
 床に下りてセンカの手に両手を乗せてゆっくり擦る。栄養が行き渡っていない痩せてかさついた手だが、センカは気持ちが落ち着いていくのを感じた。
 正面に膝をついたユメールを見れば澄んだ瞳が見つめている。綺麗すぎる眼差しにセンカは目を細める。
「センカ、話してくれてありがとうございました。これからはユーシス様に甘えないよう心掛けます。それに、自分の役割を自覚させてくれたことも、ありがとうございます」
「ぇ……いや……」
 背筋を伸ばし、決意した表情のユメールにセンカは口ごもる。
 ユメールにユーシスがずっと今のように傍に居れないことを伝えたかっただけなのだが、純粋すぎる為、気負ってしまった気がしたのだった。
 その考え通りユメールは自分に言い聞かせていた。
(ユーシス様が僕と暮らすって言ってくれたのは……嘘じゃないだろうけど、勘違いしちゃ駄目だ。二人きりで暮らすなんて言ってない。……端に置いてもらえればそれでいいんだから。その為にも――)
 ユメールは独りよがりに、ユーシスとの未来を描き始めていた自分を叱咤すると、小さな願いだけを持ち、黒髪を巻いていた布を解く。
「ユメール?」
 先見が自分の意志で出来るようになったことを知らないセンカは、その行動を不思議に思う。
「早く王に勝つ為に先見をします」
「え、しますって……自分の意思で出来るようになったのか?」
「はい。ですが、まだ不安定なので……なにかあったらお願いします」
 すごい、と目を輝かせたセンカだが、続いた言葉に表情を曇らせる。
「なにかあったらって……」
「少し混乱して取り乱すくらいです」
 心配そうなセンカに大丈夫、と笑いかけるとユメールは黒髪を掴んだ。






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