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祈りの花 5

<祈りの花 5>

 一番風が当たらぬ岩陰にユメールを座らせ、魚が焼ける間に地図を見ながら、何故山賊と手を組みたいかと今後の経路を話す。
「じゃあ、この山に住み着いた山賊って前の領主の一族なんですか?」
 ユーシスが話した内容にセンカは目を見張る。
「ああ、謀反を企てていると密告があり、領主は処刑されたが、娘やかなりの数の親族や部下が逃げたと聞いた」
 話すユーシスの声音は淡々としているが、どこか苦い響きだ。おそらく、自分の過去と重ねてしまっているのだろう。
「運命の皇子の噂は届いている筈だからな。王を倒すという目的は一致している筈だ」
「確かにそうですね。……でも、簡単に仲間になってくれますかね」
 センカが心配そうな様子なのは、各地にこの山賊の様に王を倒したいと思っているであろう人間がいる情報を得ては仲間になるよう交渉にユーシスと共に行動することが多いが、なかなか素直に頷いてくれる人間は少ない。そういう人間達は王に嵌められたことがある為、かなり慎重で疑い深かった。
「まあ、駄目なら駄目で、互いに足を引っ張らない約束をすればいいだけだ」
 王を倒す目的は一致している為、密告をすることがないことは今までの経験から分かっている。
「……そうですね、まあ、なるようになりますね」
 難しいことはユーシス様に任せます、とカラっと笑ったセンカは広げた地図を見ているユメールに視線を移す。しかし、地図を指しながら街の名前を口にするがユメールの反応が悪く首を傾げる。
「ちゅーが……とがーく……」
 発音もたどたどしく、どうやら難しい文字が読めないようだ。
「先見様って、頭良さそうなイメージがあったんだけどな」
 思わず口に出た、といった響きで悪意は感じない。どうやら初対面でもそうだったが、センカは深く考えず物事を口にしてしまう性質らしい。
「ご、ごめん…なさい……子供の頃からあそこにいたから……あの、勉強とか、よく分からない」
 しかし、ユメールの反応に自分の失言に気づき、慌てて言い訳をする。
「あ、ごめん! そうじゃなくて! なんていうか、未来を見れるなんて力、すごいから、神聖化しちゃってて、あ、いやだからね、別にだからって、すごくなくちゃ駄目とかじゃないんだけど……」
 実際、青の一族は伝説の一族であり、その存在は運命の皇子同様、民衆から神聖化されている。
 だが――
「だって、運命の皇子のカダルが普通の奴だし、うん、だから先見様がすごくなくても大丈夫だよ」
 ユメールを安心させる為に口にしたセンカの言葉通り、実際には運命の皇子も普通の人間だった。
「……まぁ、俺達が先見に求めているのは、『先を見る力』であり、教養ではないからな」
 センカの言葉にも、まだ申し訳なさそうな不安そうな表情を浮かべていたユメールは、ユーシスの言葉にも弱々しく呟く。
「でも、僕の力は弱いと思うから……役に立てるか分からないです」
 髪を掴みながら呟くユメールにユーシスは静かに問いかける。
「なにを使ってどうやって『見る』んだ?」
 だが、ユメールは不思議そうに首を傾げる。
「自然に頭に浮かぶんです。小さな頃は見えなかったけど、髪が伸びるにつれて見えるようになりました。だけど、今まではっきり見たのはユーシス様が来てくれて逃げる時と、皇子に会う時のことだけなんです」
 それを聞いたユーシスは何か考えるように顎に手を当てる。
「今まで見たのがそれだけか。……まぁ、今まで捕らわれていて動きがなかったせいもあるかもしれないな」
 ユメールの力が弱く、見た未来が少ないのか、状況の為か分からない。しかし、自分達はこの先見を仲間にすると決めたのだ。力が弱かろうが強かろうが、出来る範囲で力を貸してもらうだけだ、と手を伸ばし一房の黒髪を触る。
 それでも不安そうにしているユメールの頭を撫でたユーシスは安心させるように告げる。
「とにかく、その外見なら神聖化している奴らも反感は持たなそうだが……だが、確かにはったりは大事か。子供みたいなしゃべり方をするよりも、落ち着いたしゃべり方の方が先見の力の信憑性を感じるからな」
「でも……僕にそんなことが出来ますか?」
「今も言葉は丁寧だが、話し方や雰囲気がな」
 仕草などが子供っぽいのだ、と腕を組んで考える。ユメールは自分に求められている仕草を想像し、ある人物を脳裏に思い浮かべた。
「王の先見を真似た方がいいですか?」
「会ったことあるのか?」
 ユメールが上げた人物にユーシスの瞳が鋭くなる。
「子供の頃に」
「どういう感じだった?」
 センカも今までの明るい気配を消し問いかける。
「………冷たい感じがしました。あと……なんだか……同じ人間じゃないみたいでした」
 王の先見に会ったのは一度だけだ。肌の白さや美しい顔に表情を乗せていない様子は冷たく、幼い自分が虐げられようとも顔色一つ変えない様子を今でも覚えている。
「物腰はどうだった?」
「……とても綺麗でした」
 自分が虐げられている場でも動作の一つ一つが静かで、余計に自分が受けている現実を受け止められずにその動きを見ていた。当時の記憶はあやふやだが、あの先見の冷たい表情と覆い被さってきた王の大きな影を思い出すと恐怖が沸き上がり手を強く握る。
「その先見の仕草は真似出来そうか?」
 その様子に気づかず、先見としてのユメールのイメージをユーシスが作っていく。
「は……い、頑張ります」
 歯切れが悪いのは、その先見に嫌悪感がある為だ。しかし、ユーシスの役に立ちたいユメールは頷く。その胸中を察したかは分からないが「だが」とユーシスはユメールの気持ちを軽くする言葉を向けた。
「他はいい。お前は人の為に未来を見る先見だ。王に楯突く人間の未来を無くすことに躊躇いをもたない先見とは違う」
 口調は柔らかいが瞳の奥にある光から水路を歩いていた時と同じ冷たい気配を感じたユメールは気になり見つめる。物言いたげな、だが、どうしていいか分からないといったユメールの視線に、はっとしたようにユーシスは気配を和らげる。
「まあ、難しく考えるな。合流するまでにそれなりにすればいい。合流しても俺が護衛という名目でしばらくは側に居る。とりあえず、自分のことは私と呼べ、それだけでそれなりに見える」
 ユメールの中性的な外見に、膝裏まで伸びた銀髪は確かに神秘的だ。この見た目だけでも先見の力を訝しんでいる人間が受ける印象は良い方に傾くだろうが、言葉使いを気をつけるだけで更にそれらしく感じだろうとユーシスは太鼓判を押す。
「そうしなよ、まだ皇子の周りも一枚岩じゃないしさ。先見様のいうこと、信用しないって言っているのもいるし」
「……はい。では、よろしくお願いします。……ただ……先見様は…なんだか嫌です。ユメールでいいです」
 センカにそう呼ばれると、せっかく仲間になれたのに距離を感じる、とユメールが訴える。
「じゃあ、俺もセンカでいいよ」
 本当ならば、先見様と敬称をつけていた方が「らしく」見えるのだが、と考えていたユーシスだが、明るく告げたセンカに嬉しそうな笑顔を見せたユメールに仕方なさそうに頷く。
「では、俺のこともユーシスと呼べ」
 皇子の側近と思われている自分を呼び捨てれば、いいだろうと思ったのだが――
「え、ユーシス様はユーシス様ですよね」
「うん」
 同意を求められたセンカが素直に頷き、真っ直ぐな瞳で見つめられたユーシスはなんだか力が抜け髪をかき上げる。
「……まぁ、好きに呼べ」
 その時、センカの腹の虫が鳴いた。
「真剣な話の時に、俺の腹ってば……すいません」
 センカは腹を押さえ項垂れるが空気が柔らかくなった為、ユメールの頬が緩む。それを視界の端に入れたユーシスは口角を上げるとセンカに魚を任せ、乾燥させた果実を袋から出す。
「こんな物しかなくて悪いが」
 手渡しながら口にしたユーシスだったが、ユメールは激しく首を横に振る。
「美味しそうです。果実食べるの何年ぶりだろう」
 大切そうに手にした干し葡萄を見るユメールに目を細め純粋な反応を見ながら問いかける。
「果物が好きか?」
「はい」
 荒れた土地が多くなっている為、新鮮な野菜や果実は貴重な食材だ。しかも、王都に採取される部分が多い為、一般の民に回る新鮮なものは限られている。
「……街まで出たら、干し物ではない果実を食べさせてやる」
 それでも、街に行けば新鮮な物は手に入る。ユーシスは約束すると、嬉しそうに顔を綻ばせたユメールを柔らかい瞳で見つめた。
 何年も捕らわれていたユメールにせがまれるまま、街の様子を話す二人。
「仲間の元に戻る途中に大きな街を通るから朝市にでも行くか」
「朝市?」
「祭りの小さい感じだよ」
「祭……それって、たくさんお店が出てるんですよね」
 幼い頃、王の追手から逃げながら旅をしていた時に見た、と目を輝かせるユメール。しかし、人の目に触れる場所にはいけなかった為、遠くから見ているだけだった。
「……でも、朝市もたくさん人が来るなら……髪を見られたら困るから……」
 長い髪を片側に集め、前に垂らしているユメールは、黒い一房を掴み残念そうに呟く。
 その響きはユメールが蒼の一族であったが故、諦めてきた様々なものを感じさせた。
 黙ってユメールを見たユーシスは手を伸ばすと髪を触り少し考える。
「布を巻いて内側に結えば隠れるか?」
 呟き近づくと様々な道具が入っている袋から白い、包帯代わりの布を出すと黒髪がある右側に膝をつく。布で黒髪を隠すように巻き込んで編み、内側の髪に紐で結ぶ。これならば表面の髪が舞わなければ見えない。
「だが、風がふくと見える可能性があるな」
 顎に手を置いて考えるユーシスにセンカは感嘆の声を向ける。
「ユーシス様、髪を編むの上手いですね」
「リアーナにせがまれてやっているうちにな」
「リアーナ?」
 初めて聞く名前にユメールが首を傾げる。
「仲間の娘だ。……親は戦いの中で死んだ。三年前……リアーナが十の時にな」
「そう……ですか」
 悲しい話に声を落としたユメールの頭を撫でたユーシスは思い出したように告げる。
「そういえば、お前が来たら世話をするんだと意気込んでいたぞ」
「え?」
「リアーナの中で先見は神秘的な憧れの存在らしくてな」
「え!?」
 沈んでいたユメールだったが、思わぬ言葉に驚愕の表情を浮かべるとぶるぶると頭を振る。
「し、神秘的とか、憧れとか、駄目です! 幻滅されちゃいます!」
 焦った為に言葉使いが乱れたことにも気づかないユメールにセンカが軽く言う。
「大丈夫だよ、リアーナはいい子だから、幻滅なんかしないよ」
「でも……」
 それでも心配そうにユーシスを見たユメールに安心させるように頷く。
「大丈夫だ、リアーナは見た目で人を判断しない娘だ。それと、リアーナだけにはお前のことをきちんと説明してやる」
 常に側にいる人間に気を張っていては疲れるだろうからと告げたユーシスに、心配しながらも気持ちが軽くなったユメールは、まだ見ぬ仲間に会えることへの楽しみの方が大きくなった。
 食事を終え、明日からの経路を決めると月がかなり空の高い位置に来ており、交代で寝ることになる。
 センカが先に番をすることになった為、ユーシスとユメールが寝床に入る。
 ユメールが母と潜んでいた岩は見つからなかったのだが、大きな岩が背後になる土のある地面に寝床を作った。狭い寝床の為、自然とユメールを胸に抱き寄せたユーシスだったが、強張った体に視線を下げれば月の光に浮かび上がった顔に怯えが見えた。
「……」
 その様子にユメールの身体に散った痕を思い出したユーシスは、ゆっくりと背中を撫でる。その感触に無意識に大きな男との密着に怯えていた身体から力が抜ける。視線を上げてユーシスが穏やかに見つめてくれている瞳に大きな安堵を覚えたユメールは、捕らわれてから忘れていた深い眠りに自然と落ちていった。
穏やかな寝顔を見ていたユーシスは表情を冷徹な色にし、しばし見つめる。しかし、細く息を吐くと自身も仮眠を取るために瞼を下ろした。
 四刻交代の為、体内時計が正確なユーシスは深夜に目を覚ますと交代しようと静かに起き上がる。
「いいですよ。俺は朝方少し寝させてもらえば大丈夫ですから」
 しかし、ユーシスの服を掴んで放さないユメールに小さく微笑んだセンカの言葉に苦笑しながらも、安心しきった寝顔を見れば起こすのが気のどくに感じ、場所だけはこのままにすることにした。
「横になったままだが起きているから、仮眠はとれ」
 険しい山道を行くんだ。少しでも多く睡眠はとったほうがいい、とセンカに指示をする。ユーシスの指示に従いなるべく平らな岩の上に横になったセンカは、やはり疲れていた為、すぐに寝息が聞こえてきた。
 上から聞こえるセンカの寝息と腕の中のユメールの寝息を聞きながら、ユーシスは朝までの時間を過ごそうと月を見上げた。それからどのくらい経ったか。空が明るくなり始め、日の出が近くなった頃。川の音に混ざり、ピーンと自然の音ではない糸を弾いたような音が辺りに響いた。ガバッと起き上がったセンカは脇に置いてあった弓を構える。ユーシスは何が起きたか分からない様子のユメールに「じっとしていろ」と言いつけ、剣を抜くと軽やかな動きでセンカの隣を抜け岩の前に立つ。
「……囲まれたな」
 しかし、時すでに遅く十人程の人間が川を渡ってくる様子が見える。かなり明るくなって来た為、相手の服装などは分かる。その服装から、どんな相手かも分かった。
「……山賊の方か」
 状況を確認したユーシスの声に焦りはない。相手は自分が待っていた相手だからだ。
「センカ、弓を下ろせ」
 ユーシスは背後を見ずに静かに告げる。
「え?」
「言っただろう、山賊を仲間に引き入れたいと」
「だ、だけど」
 確かに言われてはいたが、この状況で弓を下ろせるほど肝が座っていないセンカはユーシスの言葉に躊躇う。
「いいから下ろせ。ここの山賊は王の兵士しか襲わないらしいから、大丈夫だ」
 確信があるのか、力強いユーシスの声音。それでも躊躇うセンカは背後で音がし振り向く。
「……ユーシス様、俺よりユメールに待ったをかけてください」
「うん?」
 岩の前に出ていたユーシスは振り向き、センカの隣に立ったユメールをしばし見つめる。
 張り詰めた空気が流れる筈のこの状況なのだが、そこに二人の小さな笑みの吐息が漏れた。
「ユメール、お前もその枝を下ろせ」
 それは、ユメールがどこから探したのか、ユーシスが持つ剣程の枝を構えていたからだ。しかも、剣など持ったことなどないと分かるへっぴり腰で。
 その外見には似合わない様子に、センカは力が抜けたように弓を下ろす。
「セ、センカ、やられちゃいます」
 それを見たユメールが慌てるが、ユーシスが再度声を掛ける。
「大丈夫だから、下ろせ。その代わり、さっき話したように先見としてはったりを効かせろ」
「え?」
 ユメールの背後の山から日が上るのを見て口角を上げたユーシスは続ける。
「そこに立って、優雅に微笑め」
「……分か……りました」
 ユーシスの言葉に神妙に頷いたユメールは背筋を伸ばす。そして、脳裏に王の先見を思い浮かべる為に瞼を下す。そして、上げた時には、それまでの美しい貌に似合わぬ無邪気な表情を消し、近寄りがたい神々しい笑みを浮かべた。


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