はじめてのおつかい 後編【moon child 番外編】

<はじめてのおつかい 後編>
 





 2人のひとつ隣のドアから乗り込んだ大輝は腕を組んで入り口の手すりに寄りかかり、片時も幸矢から視線を逸らさない。
 大輝に気づいている男は、たまにチラッと視線を向け、口元を楽しそうに引き上げては幸矢の頭を撫で、警戒心を解いていく。
 そんな光景を5分ほど眺めていた大輝は2人が降りる様子を見せると素早く降りる。
 しかし、どこかに幸矢を連れて行くかと思われた男は、改札口を出るといくつかある地上への出口の一つを指差した。
 どうやら本当に好意だけで幸矢と共に電車に乗ってくれたらしい。
 深く頭を下げた幸矢に「気をつけてな」と言うと出口に向かった背中を見送り、立ち止まっていた大輝の元まで近づいた。
「あの子はいくつだ?」
 唐突な質問。しかし、そこに男の行動の意味があるのか?と口を開く。
「15だ」
「……そりゃ」
 僅かに驚いた様子は年齢に見合っていない幸矢の外見と口調だろう。
「うちの子と同じくらいかと思って、ついかまったんだがな」
 ああ、と男の親切の理由に納得した大輝は警戒心を僅かに解くと共に、地上に向かう幸矢を追うべく「世話になった」と礼を向け足を踏み出そうとする。
 しかし、その足を男の言葉が止める。
「だが意外だったな。
 青のナンバーワンがあんな子供を可愛がってるとは」
 あの駅を使っている裏社会の人間ならばあの界隈の人間だろうとは推測出来る。ならば、自分の肩書きを知っていても不思議ではない為に慌てはしない。
 しかし、男の次の言葉に自分の迂闊さに今さら気づいた。
「ちょっとお節介かもしれないが、あまり人にはそんなナンバーワンの姿見せるなよ。
 付け込まれるぜ」
 表情は冷静に見えるが、普段の青のナンバーワンを知れば確かに幸矢の存在が大輝にとって特別なことが伝わる様子だった。それに気づいた男の真意を探る為に見下ろす大輝の瞳は冷たい。普通の人間ならば竦み上がる色だ。しかし、男は軽く口角を上げると「俺にすごんでるうちに見失うぜ」と幸矢が消えた出口を流し見る。
 しかし、危険な種をそのままには出来ない、と視線を動かさない大輝に男は頭に手をやり、苦笑を浮かべる。
「だからその態度が付け込む要因だろうが。
 ったく、おれが織人さんの部下なのに感謝しろよ」
 佐伯の兄である男の部下だと聞き、敵対する人物ではないと判断すると瞳から険を消し力を抜いた大輝に男は幸矢の行き先を教えながら軽く笑う。
「若の届けものを伊織さんに届けに来たんだが、いい土産話が出来たわ」
 手を上げるとそれ以上はからかわず逆側の出口に向かい足を踏み出そうとする。
 しかし、もう一度大輝と視線を合わせると念を押した。
「他人の目がある場所であの子を見る時には気をつけな」
「……世話になった」
 それに先ほどと同じ言葉を向けた大輝は先に足を踏み出した。
 その背中を見送りながら男は口角を上げる。
「若いってのはいいねぇ」
 年齢不祥な大輝だが、男からすれば、自分の気持ちを察せられふて腐れた、ただの若者だった。
 しかし、そんな若者が選んだ相手を脳裏に浮かべ――
「意外性がいいね、青のナンバーワン」
 口元を緩めると、幸矢を案内する為に途中下車した為に切符売り場に向かった。



 大輝は地上に出ると春の明るい陽射しにサングラスを取り出しかけると、色をわずかにくすませた視界の中で視線を流し、男から聞いた名前の看板を探す。
 分かり安くビルの角だったパン屋をすぐに発見した大輝は、足早に近づくが中が窺える距離まで来ると辺りを見回し、幸矢に見つからない街路樹の向こう側に立った。
 店内が良く見える作りの店に視線を向けると幸矢が店の人間となにやら話した後にトレーを持ったところだった。
 興味深く種類が多いパンをひとつひとつ楽しそうに見ている表情が硝子越しに見える。そんな様子を見る大輝は先ほどの男の忠告を忘れた訳ではないが、ここには青のナンバーワンの自分を知るものはいない、と口元を小さく綻ばせる。
 しかし、なかなかトレーにパンを乗せない幸矢に苦笑を漏らす。
「また、悩んでるな」
 おそらく、自分達用にもなにか買うつもりなのだろうが、大輝の分を決めかねているのだろう、と予想する。
 そんな大輝の予想通りだったのだろう。幸矢はジーンズのポケットを探り携帯電話を取り出した。
 それから五秒後、大輝の携帯が鳴った。
 着信はもちろん幸矢。
【ゆき】と表示された画面に小さく笑いながら出た大輝の耳に幸矢の弾んだ声が響いてきた。
『大輝、いま大丈夫?』
「ああ」
『メール……見た?』
「ああ、使いは上手くいったのか?」
『うん。
 それでね、おつかいはパン屋さんだったんだけど、美味しそうだからおれたちのも買っていこうかなと思ったんだ。 
 大輝はなにがいい?』
 ショーウィンドウに向かってしゃべる自分を斜め横から、まさか大輝本人が見ているとは知らない幸矢からは普段押し殺し、隠している想いが溢れ出ている。
 そんな表情に目を細めた大輝はその顔を楽しみながら問いかけた。
「ゆきのおすすめはあるのか?」
『マミーたちはバケットが好きみたいだったけど、それはもう今日は無理なんだって。
 でも他のも全部美味しそうだよ。
 あ、ちょっと待ってね』
 店の人間になにが良いかを聞いているらしい会話と横顔を楽しむ大輝。その視線の先の幸矢が再び携帯に口を近づける様子をリアルタイムに見ながら弾んだ声を拾う。
『もうちょっとでクロワッサンがやきあがるから、それがオススメだって。あと、カスタードクリームのパンも美味しいって』「じゃあ、それを買ってこい」
『わかった!
 あの……大輝はいまどこ?』
 弾んだ声で頷いた幸矢は、次いでどこか伺う口調になる。
 その胸中はなんだ?と思いながら幸矢の戻り時間を見計らった時間を告げる。
「あと30分程度で戻る」
 それを聞いた幸矢が笑顔になる。
『じゃあ、マミーのとこで待ってるね!』
 どうやら、おかえりなさいが言える、と分かり嬉しくなったようだが大輝にはその全ての感情を読むことは出来ない。
 しかし、自分の帰りを喜ぶ幸矢の笑顔に柔らかい口調を向けた。
「ああ、気をつけて帰れよ」
『うん!』
 笑顔で頷いた幸矢を見た大輝はショーウィンドウに映る自分の表情を引き締めると、電車でのニアミスを避けるようタクシーを拾う為に通りに向き直った。
 そして、moon gardenがある街に戻った大輝は、幸矢が地下鉄の駅から無事に出てきた姿を確認してからタクシーをビルの前に横付けさせた。
「――ゆき」
 スタッフ専用エレベーターを待っていた幸矢の背中を見つけると、しっとりとした声音を響かせた大輝。勢い良く振り返った幸矢に笑顔が広がる。
 その腕には紙袋が抱えられていて、お使いを含めかなりの量を買い込んできたことが分かる。
 その紙袋を気にしながらも駆け寄った幸矢は、優雅に歩み寄ってくる大輝を見上げるとその言葉を口にした。
「おかえり、お疲れ様」
 その言葉と笑顔で午前中から接客した疲れが吹き飛ぶ。
 しかし、そんな胸中はおくびにもださず「ああ」とだけ答えた大輝は視線を紙袋にやる。
「いくつ買ったんだ?」
「この長い2本はマミーとマッキーのだよ。
 他にクロワッサンとカスタードクリームのをおれたち用と。あとマミーと伊織さんとマッキーと奈央都くんにも……いつも良くしてもらうから」
 最後、どことなく声が小さくなったのは照れてしまったせいか。視線を紙袋の中身に向けた幸矢。
「喜ぶだろ」
 そんな心遣いが出来る幸矢に口角を上げ、頭に手を置いた大輝はエレベーターに促す。
「そういえば焼きたてだと言ってたな。
 せっかくだから美味いときに食わせろ」
「うん!」
 すぐに開いたドアを手で押さえて待っててくれた大輝の側に立った幸矢は「まだ温かいんだ」と紙袋を揺らす。
 そんな幸矢からはパンの良い匂いが漂い、ドアが閉まったエレベーターの中には優しい空気が充満する。
「大輝はどっちから食べる?」
 紙袋の中を覗きながら、弾んだ声を上げる幸矢を見下ろす自分の瞳は今、他人に付け入る隙を与える色を浮かべているのだろう。
 しかし、この密室の中ならば。
 見上げた幸矢も弾んだ気持ちが隠してくれるかな、と押し殺さなければならない想いが溢れていることに言い訳をし、甘い色で大輝を見上げる。
「さっき昼をすませたばかりだからな。半分づつにするか?」
「うん!」
 しかし、大輝と半分こ、と嬉しそうに呟く幸矢に手を伸ばせない忍耐も試されながら、エレベーターの到着音に少しほっとした息を大輝はもらしたのだった。






 それから半年ほど経った昼前。
「大輝はなに食べる?」
 あの時、大輝が佇んでいた街路樹はだいぶ色がついていた。
 2人で迎える二度目の秋。しかし、確実に一年前よりも大人びた、隣に立つ――今は恋人であり家族であり、一番大切な存在になった幸矢の細い腕が持つトレーを持ってやると視線を店内に流す。
「カスタードのはないようだな」
 あの時、幸矢が買ってきた、甘さ控えめなカスタードクリームのパンは意外にも大輝のお気に入りになっていた。
 たまに幸矢がお使いがてら買ってきたパンを食べていた大輝は、初めて訪れた店内に見慣れたパンがなくどこかテンションが下がる。
 他人には分からぬ差だが幸矢には分かったのだろう。レジにいた大輝に見とれていた女性スタッフに訊く。
「すいません、カスタードクリームの丸いパンは売り切れですか?」
「あ、あれはすぐに焼き上がります」
 はっとした女性スタッフは仕事中だったと背中を伸ばすと時計を見て「5分ほどお待ちください」と焼き上がり時間を口にする。それに小さく笑顔を浮かべ頷き大輝の元に戻る。
「あと5分で出来るって」
 小さく頷いた大輝の機嫌が良くなったことを感じた幸矢は「他はゆきが選べ」と、促され店内を弾んだ瞳で見まわした。
 それから5分後。
 焼きたての温かいパンを2つと、バケットとクルミパンとパンプキンパンなど、今回は秋の季節パンを一種類づつ選んだ幸矢は、袋を持ってくれる大輝の隣で会計を済ます。
 今は、こずかい以外に生活費の財布も預かっている幸矢が持つ財布は、自分の物よりもかなり大きい。そこからお金を出すことに少し慣れた幸矢はお釣りをしまうと店員に小さく会釈し先に外に歩き出した大輝を追い店を出た。
「これ、温かい時に食べるの初めてだね」
 隣を歩きながら、紙袋に触れて嬉しそうな笑みを浮かべる幸矢を見下ろした大輝はある提案をする。
「ちょっと先に公園があったな?」
「うん、綺麗な公園だったよ」
 この街から駅一つ先の街に2週間ほど前、2人は引っ越した。
 幸矢は、自転車を買ってもらった為に辺りを探索しているらしい。そんな日常で見つけた場所を報告されていた大輝は思わぬ提案をする。
「じゃあ、このまま散歩がてら行って昼を済ますか」
「え?」
「今日は天気もいいから寒くないだろ」
「それって、外で食べるの?」
 今までキャンプやピクニックなどしたことがない幸矢にとって想像もしなかった提案だった。
 目を見開き仰ぎ見る。それが次第に輝いてくる様子に目を細める大輝からは、隠しようもない、隠す必要のない愛しい想いが伝わる。
「公園行く!
 えっとね、あっちから行くと近道なんだよ」
 一気にテンションが上がった幸矢は、紙袋を持たない側の大輝の腕を引き、道案内をする。
 そんな幸矢に文句も言わず足を進める大輝だったが、一度立ち止まる。
「大輝?」
 色素の薄い瞳で、秋の高い澄んだ青空を見上げた後、見下ろした先の澄んだ瞳に柔らかな笑みを浮かべる。
 そして――
「行くか」
 手を差し出すと、嬉しそうな笑顔を浮かべた幸矢の小さな手を包み込むと、幸矢の歩調に合わせ足を踏み出した。




                                  おわり














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