青い鳥の秘密 9話

<青い鳥の秘密 9話>

「なぁ、間宮、おれら優馬のアパート行ったよな」
「行ったな」
「……優馬……迎えに来てくれるって言ったよな?」
「言った言った」
「…………なんであんなに酒飲んじゃったんだろ」
 間宮が住むマンションに着いてから、いや、タクシーで悟が我に返ってから何度もされた会話。アルコールに弱い悟は、先ほど繰り広げられた会話が本当なのかと何度も間宮に確認しなければ、まるで夢の中の出来事のようで信じられないのだ。
「まぁ、あれだけ飲んで寝なかっただけマシだろ」
 大柄な大人の男が寝られる大きなソファーに悟を座らせ、自分はその前のラグマットに胡座を組んで座る間宮は途中、悟が買うと言い張った為に買ってもらったちくわぶを食べながら何度目かの会話にも煩わしさも見せず答える。
 悟には酔い覚ましの味噌汁を作ってやり、自分は飲み足りないから、とワインを持ってきていた。
 かなり酔っている為、寝てしまうかと思っていた悟だが、あまりにも衝撃的だった為、頭が冴えてきてしまったようだ。少し酔いも覚め、繰り返し繰り返し、優馬から向けられた言葉と……間宮は見なかったキスを思い出しては奇声を上げたり夢ではないかと不安になっている。
 そんな悟に、今まで何度も支えられてきた間宮も嬉しくなるものの、優馬のあの様子を見てしまっている為、慎重に状況を口にする。
「だけどさ……悟には悪いけど、このまま簡単にいくかな?」
「え……」
 自分の言葉に不安そうな表情が深くなった悟に「水を差してごめんな」と言いながら思ったことを伝える。
「彼の気持ちは間違いなく悟に向いてる。それは断言出来るけどさ、悟に長年コクられても応えてこなかった理由って相当だと思うんだよな。それが無くならないと……だって、あんなに想ってて耐えてたってよっぽどだろ?」
 六年以上も好きな相手から想いを告げられて応えないなんて、どんなに理性が強いんだと感服すると共によほどの理由がないと無理だろうと思う。しかも、十代を乗り切るってどんな鋼の理性だよ、と。
 それは全て優馬の悟への想いの深さなのだろう。
 間宮の言葉を受けた悟は、苦しかったのは自分ばかりではなかったことを改めて考える。
『悟の為ならなんにでもなる』
 と言ってくれた優馬の声が耳に何度も木霊している。
 あんな声を上げるほど想われていたことが夢のようだが、そうなのだ、あんな辛そうな想いを優馬にさせている理由が分からないとどうにもならないのだ。
「心当たりないか?」
 ワイングラスを持ち、見上げてくる間宮の言葉を受け悟は頭を振る。それは否定ではなく頭をはっきりさせる為だ。
 優馬と過ごした記憶は膨大で、その中から原因になりそうなことを見つけ出す為、悟は立ち上がると「顔洗ってくる」と洗面所に向かう。
 今日、初めて訪れたマンションは、間宮の恋人所有のマンションで、とてつもないグレードの高さに庶民の悟はびくびくしてしまう。しかし、今は周りなど見えないとばかりに水が飛び散ることにも配慮出来ずバシャッバシャッと顔を洗う。
 夏の生ぬるい水だが、何度も洗っていれば頭もすっきりしてくる。
 濡れたまま鏡を見つめ、自分の顔を見ながら記憶を遡る。
 その中で、引っ掛かることを思い出した悟は顔を拭かずにリビングに走った。
「間宮!じいちゃんかも!」
 なかなか戻ってこない悟を待つ間、グラスの中身を半分ほど開けた間宮は少し気だるい様子で振り向く。
「じいちゃん?」
「うん。初めておれが優馬に告った時、優馬二時間くらい外に出てたんだ。その後、おれが大人になってもって好きだったら考えてって言ったらなんか顔つきが変わった気がするんだ。もしかしたらじいちゃんに十年って約束させられたかも!」
 優馬がもし当時から自分を想ってくれていたのなら、悟と祖父の仲介に行きつつ、優馬の気持ちも祖父に伝えてくれたのかもしれない、とパズルを組み合わせる。
「理由が家族から言われたっていうのは……確かに一番ありえるな」
 思春期の少年が、付き合いもせず十年一人の人間を想うことの難しさを知る大人の思惑通り、自分なら乗り越えられると頷く。だが、ほぼ無理だろうと踏んだのだろう。
 大人の思惑と少年達の純粋な想い。
 どちらも分かる年の間宮は目を細めて悟を見る。
「で、お前はどう動く?」
 おそらく優馬は悟の祖父を説得しに行くつもりだろう。
「……じいちゃんにちゃんと話す……って言いたいけど……おれが動いたら優馬が今まで耐えてくれたことが無駄にならないかな?」
 気持ちは急いていて、今すぐにでも祖父を問いただしたい。
 最悪、勘当を言い渡されても優馬と共に生きていけるのなら良いとも言える。しかし、優馬が自分を想って耐えてくれた気持ち。それと同じように、祖父に諭された――優馬や互いの家族のことを思うと感情のまま動けないと正座した太ももの上で拳を握る。
「……悟はいい子だな」
 間宮は手を伸ばして頭を撫でる。
 【いい子】という響きに、感情のまま動けない弱さを指摘された気がして唇を噛んだ悟だが、間宮は違うって、とくしゃくしゃと髪をかき混ぜる。
「人の気持ちを優先出来る、優しい奴だって意味」
「……間宮?」
「じゃなくちゃ、俺と友達になってないだろ」
 少し変わった出会いだった二人。あの状態の自分によく手を差し伸べてくれたものだ、と目を細める。
「……でも、結局間宮にだって愚痴とかばっかり聞かせたし」
「俺の愚痴も聞いてくれただろ。……悟は優しくていい奴なんだよ」
 とても優しく口にされ、照れたように視線を伏せた悟から手を引いた間宮は立ち上がる。
「とにかく、今夜はもう遅いし、明日また良く考えな」
 優馬だって悟の祖父に会うとしても明日だろうしな、と客間に促す。眠気はどこかに吹き飛んでしまったが、一人で考えてみたくなった悟は素直に頷くと広い客間に着いていった。
 渡された大きめのTシャツとハーフパンツに着替えベッドに横たわった悟は、今日一日の出来事から今までの告白シーンなど様々な出来事を思い返す。
 苦しかった日々。しかし、優馬も同様に苦しかったのだと思うと不思議と苦しかった日々が愛しく感じる。
 そして、これからの日々を思うとじっとしていられなくなり、広いベッドをゴロゴロと行ったり来たりする。
 胸が高鳴りなかなか眠れない悟だったが、抜けきっていなかった酒がほどよく疲れた体を眠りに誘う。
 その引力に意識が逆らいきれなくなったのは、カーテンの向こうが薄っすら明るくなり始めた頃だった。
 夢の中でも、優馬との幼い頃からの日々を思い出していた悟は、眠りから揺り動かされ目を覚ました時、夢と現実が分からなくなっていた。
「悟、悪いけど起きて」
「……優馬……あと五分」
 肩を揺らす手を掴んで懐に引き込む悟の夢の中は、まだ告白前。この頃は朝、よく優馬が起こしに来てくれていたのだ。
「……また可愛い仕草するもんだ。彼も理性保つの大変だっただろうな」
 しかし、夢うつつの中で聞こえる声が優馬と違う、と無理やり意識を覚醒させる。
「優馬?」
 タオルケットを鼻までかけた状態で視線を彷徨わせた悟は、自分が掴んでいる手から視線を持ち主に上げる。
「愛しの優馬くんじゃなくて悪いな。俺、午後から仕事だから起きて」
 タオルケットを下げて覚醒を更に促した人物がようやく誰か分かった悟は部屋に視線を流す。広い客間は自分の部屋でも優馬の部屋でもない。
「…………間宮」
「そう、間宮くんだよ~、起きて」
 掴まれた手を揺らした間宮にもぞもぞと体を動かし、ようやく体を起こす。
「あと一時間で出るから。悟も一緒に出ような」
 ぼうっとまだ目が覚めていなさそうな悟の、寝癖がついた髪を撫でながら告げた間宮に、ようやく現実が分かってきたようだ。
「……おはよ」
「おう、おはようさん」
「……おれ、朝飯作る」
 ゆっくり頭を振ると少し二日酔いなのか、痛みを感じたが、酒に弱い自分があれだけ飲んだわりには軽い方だと間宮の腕を解放しつつベッドから降りる。
「いいって、悟はゆっくり用意しな」
「いや、泊めてもらったし、話聞いてもらったし……作る」
 お礼だと目で訴えた悟に間宮は小さく笑う。
「じゃあ、久しぶりに悟の炒飯食いたい」
「朝から?」
「あれは何時でもイケる」
 親指を立てた間宮に了解と頷き、大きく伸びた悟は勢いよく立ち上がると、まずは洗面所に向かった。
 二日酔いの自分は寝起きで炒飯は辛い為、パンとサラダにしたのだが、間宮には大盛りの炒飯を作ってやる。
 その量から感謝の気持ちを感じた間宮は、多いなぁと思いながらもスプーンを動かす。そして食べ始めれば、癖になる味付けに動かす手が止まらない。
「マジで美味いんだよな、これ」
「ありがと。……優馬も美味いって誉めてくれた」
 間宮の食べっぷりに頬を緩めながら、同じように誉めてくれた優馬を思い出す。
「おーおー、さっそくノロケてるな」
「そ、そんなんじゃっ」
 からかわれた悟は頬が熱くなる。だが、目の前でニヤニヤしている友人から恋が叶った報告をされた後のことをしっかり覚えていた為、反撃する。
「間宮だって佐伯さんと上手くいった後、すぐノロケたじゃん」
「ごほっ」
 鋭い突っ込みに咳ごんだ間宮に慌てて水を渡した悟に涙目になりながら水を飲み干す。
「あ~苦しかった」
「ごめん」
「先にからかったのは俺じゃん」
 落ち着いた間宮は再びスプーンを動かす。
「……まぁ……嬉しいもんな」
 そして、しみじみとした声音で呟く。
 苦しい恋だからこそ、叶った時の嬉しさは、言葉に出来ないものがある。
「……この後、どうする?」
 しかし、悟の恋はまだ成就していない。
 待つだけか、それとも――。
「……会いたい。……優馬迎えに来てくれるって言ったけど……優馬一人に任せたくない」
 これは二人の問題だから、と強い光を瞳に浮かべた悟に間宮は口元を綻ばせる。
「待ってるなんて悟じゃないよな」
 そうでなくっちゃ、と親指を上げた間宮に照れ臭そうに笑った悟は携帯を取ってくると優馬にLINEを送る。
『優馬、じいちゃんと話すつもり?だったらおれも話す』
 するとすぐに既読になり、返信がくる。
『分かった。先に母さんに話してから悟んちに行くから。実家はストーカーが居たらまずいから1時頃駅で待ち合わせしよう』
「へ?……マジか」
 優馬が母親にカミングアウトをするとサラッと書いてきたことに思わず固まった悟に間宮が目で問いかける。
「おばさんに話すって」
「……ホントに中身もイケメンだな」
 僅かに目を見張った間宮だが、優馬の本気度は感じていた為、すぐに納得する。だが悟は眉を寄せて携帯を見つめている。
「……おばさん……すごく優しくていい人なんだ」
 苦しそうな声音は、自分達の恋は周囲に戸惑いや苦しみを与えてしまうと分かっているから。
「……それでも、彼を諦められないだろ」
 だが、世界中の誰もが反対しても諦められない想いなら、割りきれと間宮は冷静な口調で諭す。
 唇に力を入れた悟は強く頷くと優馬に返信する。
『分かった。あとでな』
 大きく息を吐き、緊張と不安を蹴散らす。
「頑張れ」
 手を伸ばし優しく頭を撫でてエールをくれた間宮にもう一度頷くと、洗い物をする為に立ち上がった。


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