青い鳥の秘密 8話

<青い鳥の秘密 8話>



「狭いですけど、適当に座ってください」
 部屋に着きようやく悟の腕を放した優馬は冷蔵庫の中からビールを持ち部屋に促す。
「お邪魔します」
 ワンルームの部屋に足を踏み入れた間宮はどこに座ろうか目で迷う。
 腕を放された悟が当たり前のようにベッドの前に置かれたクッションに背中を預けた様子を見て、左側の奥に座る。家主である優馬は悟の右隣の入り口側に腰を下ろすと三人の前にビールを置いた。
 しばらく沈黙が流れる。
 悟は酔った頭でなんとか話題を、と口を開く。
「ま、間宮、ちくわぶ忘れた」
 奢られた代わりに買うと約束したちくわぶ。だが、無言で足を進めた優馬に言い出せず寄り道が出来なかったのだ。
「次でいいよ」
 いただきますとビールのプルトップを上げた間宮は軽く言う。それで会話が終わってしまい、再び沈黙が流れる。
 悟は何故こんな空気になっているか分からず、原因の優馬をチラッと見る。
 右隣には見たこともない冷たい横顔。
 無言でビールを傾ける優馬にどうしていいか分からない。
 そんな空気でも間宮は笑顔を悟に向け顔を寄せると「酔ってる?」と聞いてくる。
 それを見てとうとう優馬が口を開いた。
「悟とは友達だって聞きましたけど……友達の距離にしては近くないですか」
 硬い声音に間宮は顔を離して悟に問いかける。
「もしかして俺がゲイだって話した?」
 話したというか、出会いを嘘にして二丁目にした為、必然的にバレたのだが、どう説明したものかと悩む悟の様子から優馬に知られていることは分かったのだろう。優馬に向き直ると苦笑を向ける。
「あのさ、俺、もしかしたら警戒されてる?」
 優馬は間宮の問いに無言でビールを煽る。だが、不機嫌そうな気配は肯定しているも同じだ。
「だから二人きりにさせたくなかったわけだ」
 理由が分かった間宮は少し嫌味っぽい口調になる。それはゲイに対する世間の風当たりを知っている為だ。そのことを優馬に説明していた悟は戸惑う。
 優馬は分かっていて人を傷つけようとする人間ではないし、間宮はただの友達だと説明したのに、と。
「君がゲイに偏見あるのは、まぁ、百歩譲って仕方ないとして。俺と悟は友達なんだし。君にあれこれ言われる筋合いないだろ。……それとも、幼馴染みってそこまで口出すの?」
 間宮までが普段は見せない冷たい顔を浮かべ挑戦的な口調になり悟は焦る。
「あ、あの二人とも、ちょっと落ち着こうよ」
「別に落ち着いてるし、お前と違って酔ってもない」
 間宮が悟に対しては柔らかい表情を向ける。それを見た優馬は膝立ちになると、テーブルを退けて二人の間に割り込んだ。
「別にゲイに偏見があるわけじゃない。だけど、あんたの態度見てたら悟を気に入ってることは分かる。恋人がいるって聞いてはいるけど……悟に対してそういう気持ち全然ないのかよ?」
 胡座をかいた間宮を見下ろす優馬の視線は射抜くようだ。しかし、間宮はビクつきもせず軽く笑う。
「まぁ、確かに悟のことは何度も抱きたいって言ってるけど」
「っ」
 間宮の言葉に反射的に腕を振り上げた優馬に悟が飛び付き押さえる。
「間宮! あれは冗談じゃん!」
 なんでこの場で煽るようなことを言うんだと、目でもう止めろよと訴える。
「……可愛い子が好きなのは本当だし」
 だが間宮は肩を竦めるだけだ。
「友達に抱きたいなんて言わないだろ!」
 その態度に優馬は悟が引きづられるくらい力を込めて殴ろうとするが、両腕でしがみついた悟が否定する。
「間宮のは冗談なんだ! 本気にするなよ!」
 激怒している優馬に間宮は冷静に突っ込む。
「じゃあさ、俺が本気で悟が好きだって言ったら付き合いを認めるのか?」
 その言葉を聞いた瞬間、優馬の動きが止まる。
 射抜く視線はそのままの優馬を見据え間宮は続ける。
「悟とさ、本気で付き合うつもりなら手を出してもいいよな? まぁ、君の許可なんか元々いらないけど。悟次第だもんな」
「間宮……」
 なんでこんなことになっているか分からず悟は途方に暮れたように眉を下げる。その表情に間宮は目を伏せるが、しばらくして視線を上げると黙ったままの優馬に問いかける。
「俺が悟に手を出しそうな人間だと思ってこんなに怒るのはさ、幼馴染みがゲイになることが許せないからなのかって思ったけど、そうじゃなさそうだよな?……取られそうになったら焦った?」
 最後の言葉は優馬の反応を見逃さぬよう慎重に向けられた。じっと見つめる間宮に、苦々しくこちらを睨む瞳が強くなる。
 その横では意味が分からないと不思議そうな表情で優馬を見上げる悟。
 悟の視線を感じたのだろう、視線を下げた優馬は悟を見ると見たこともない苦しげな、だが熱い色を瞳に浮かべる。
 その瞳に悟はしがみついていた腕から思わず手を離す。それを追うように伸ばされた手。
 しかし、悟を捕まえる前に間宮が追い込むような言葉を突きつけた。
「悟がずっと君を想ってることは知ってる。君が応えないことも。だけどさ、俺から見れば君も悟のこと、そういった対象で好きだろ? それなのに応えないって…………ゲイになる勇気がない?」
 最後の言葉が耳に入った瞬間、優馬は悟に伸ばしていた手を握り締め床に叩きつけ、吐き出すように叫んだ。
「そんなモノ! 悟の為なら何にだってなれるに決まってるだろ!」
 苦しそうな叫びを聞いた二人は目を見開き肩で息をする優馬を見つめる。
 なにを言われたか理解出来ない悟はただ呆然と優馬を見つめる。
 本心を薄々感じていて、きっかけを作るつもりだった間宮は、想像していた姿ではなかった優馬に眉を寄せ胡座をかいていた足を正し正座すると、悟に苦虫を噛み潰したような表情を向ける。
「悟ごめん。俺、勘違いした。……空気読めない俺がお節介するとこれだよな……」
 唸るように呟くと、床に拳を当てたまま俯いている優馬に頭を下げる。
「君が悟に特別な感情を持ってるのが俺を見る目で分かったから。……悟は俺が辛い時に一緒にいてくれた大事な友達だから……。どうしても幸せになって欲しくて……だから、なんとかしてやりたくて……なんで君が応えてやらないのか深く考えなかった」
 いや、理由は先ほど優馬に向けた、ゲイになることへの躊躇いだと思ったのだ。
 しかし、今の優馬の姿を見て、そんな単純なことではなかったと気づき、今まで向けた言葉を謝る。
「……幸せにしてやりたいなんて、俺だってずっと思ってるさ」
 俯いたまま間宮の言葉を聞いていた優馬は、ゆっくり顔を上げる。間近で優馬の横顔を見た悟は、苦しそうな優馬にぎこちなく手を伸ばす。その手を先に掴まれ長い指が細い悟の指を絡めるように繋ぐと愛しげに撫でる。
 その感触に肩を竦める悟に唇を噛むと内側から溢れるナニかを耐えるような表情で低く呟く。
「まだ駄目なんだよ」
 今のやり取りからすると、優馬は自分のことを、自分と同じように想っていてくれているように聞こえた。だが、優馬に応えてもらえることは奇跡に近いと思っていた悟の頭は追い付かない。そして、呟かれた意味も理解出来ない。
 ただ、真っ直ぐ優馬を見上げることしか出来ない。
 目を細めて悟を愛しげに見つめた優馬だったが、ゆっくり繋いだ手を離す。
「ぁ……」
 離れた温もりに視線で優馬を追った悟だが、立ち上がり間宮を見下ろす広い背中しか見えず、表情が見えない。
「……絶対手を出さないって約束してくれますか?」
 もどかしい思いで見上げる悟を振り返らず優馬が突然間宮に約束を促す。
「え?!……あ、うん」
 主語が抜けた問いに目を瞬いた間宮だが、すぐに理解すると頷く。
「……ストーカーの件があるからアパートには帰せないし、実家も危険かもしれないんで。だけど……ここに置いておくと……マズイんで……今夜、悟を頼みます」
 苦い響きに間宮は深く息をつくともう一度大きく頷く。
「ちゃんと預かるから、心配しないで。悟、うち行こう」
 しっかり頷き請け負った間宮は膝立ちになり、優馬の向こうの悟に告げる。
「え?」
 わけがわからず問い返す悟に立ち上がりながら間宮が説明する。
「うちでの家飲みの許可が出たから」
「え?……優馬?」
 酔った頭がもどかしく、軽く振りながら幼馴染みを呼ぶ。
 背中の動きから一度深呼吸をしたことが分かる様子を見せ、振り返って膝をつくと先ほどまでの激情が嘘のように穏やかないつもの優馬だった。
 その表情に先ほどまでの会話が酔った自分の夢か妄想か? と混乱してくる悟の頬を包んだ優馬は言い含めるような言葉を向ける。
「これ以上飲むと明日辛いからほどほどにな」
「……うん」
 条件反射のように優馬の言いつけに頷く。
 だが、今、離れることに不安を感じた悟の胸中が分かったのだろう。優馬が優しく微笑む。
「……ちゃんと迎えに行くから……」
「本当?」
「俺、約束破ったことあったか?」
「ない」
「だろ。……だから、待ってて」
 優しい微笑みに懇願の色が混ざる。その表情にここに居たいという我が儘を言えなくなった悟は渋々立ち上がると自分の家のように落ち着く部屋を見回す。優馬と携帯の連絡先の交換を済ませた間宮はそっと悟の背中を押す。後ろ髪を引かれるまま玄関に向かった悟は、見送りにきた優馬をじっと見上げる。背後で間宮が先に玄関を出て扉が閉まる音がする。
 早く行かなければと思うのだが、どうしても視線を外せない悟を目を細めて見つめ頬をそっと両手で包んだ優馬は膝を曲げて視線を合わせる。
 言葉もなく近づく見慣れた顔。
 表情が分からない位まで近づき――。
 なにが起きたか分からないまま呆然とする悟をきつく抱きしめ髪に頬を擦りつける。しばし、そうしていたが思い切ったように離れた優馬にそっと背中を押され外に出される。
「それじゃあ、頼みます」
 間宮に向ける優馬の声が意識の遠くで聞こえるが、振り返れず悟は呆然と右手で唇に触れる。
 後ろから優馬に頭を撫でられる間も、間宮に促されるままタクシーに乗っても、ずっと唇を……優馬にキスされた唇を撫で続けた。


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