青い鳥の秘密 4話

<青い鳥の秘密 4話>
 



 正面から悟と視線を合わせた優馬は強い口調で続ける。
「悟がどう考えてるか知らないけど……俺たちは親友じゃ……幼馴染じゃなくなったのか?」
 そのことを問いかける優馬は辛そうだ。
 確かに自分だって親友と幼馴染が一度にいなくなったら辛い。
 だが、側に居て気持ちを抑え込むのが辛いから離れたのだ。
「そうじゃない!…でも……側にいて嫌がられたくない……から」
 頑なに拒む胸中を切れ切れに口にする。
「俺、嫌だって言ったことは一度もないだろ」
 体育座りした悟の前で胡座を組んだ優馬は俯き静かに口にする。
「親友で幼馴染なのは変わらないと思ってるのは俺だけか?」
 悲しい声音と言葉に込められた優馬の苦悩にはっと顔を上げた悟は艶々した優馬の黒髪を見つめる。
「……悟が側にいないと……なんか……落ち着かなかった」
 常に一緒だった二人だ。それを優馬に嫌な思いをさせたくないと理由づけて一方的に離れたのは、結局は自分が苦しいからだ。その苦しみから逃げた悟は改めて優馬の立場になって考える。
 もし自分がいきなり優馬に離れられたら、淋しいに決まっている。
 優馬の為と言いながら、結局自分のことしか考えていなかった自分に気づく。
 しかし、側に戻るとどうしても――。
「……でもさ……一緒に暮らしてさ……襲われたらとか考えたら……優馬、嫌だろ」
 手を出さないでいられるか自信がなかった。だが、その言葉に優馬は顔を上げるとまじまじ見てくる。
「……お前、俺を押し倒す気なのか?」
 悟の体格は大きめな女の子と変わりない。そんな悟が185cm近い優馬に想いを寄せていると聞けば、自然押し倒される図が浮かぶ。当然、優馬も自分が押し倒される側は想像していなかったのだろう。
 まじまじ見られて顔に熱が一気に集まった悟はしどろもどろに答える。
「っ、ちゃんと考えたことないけど、だって男だし……」
 そこまで口にした悟は、押し倒される可能性を感じた優馬が、今度こそ気持ち悪がったらどうしようと上目遣いで窺う。
 だが、何故か優馬は口元を綻ばしていた。その反応を不思議に思うが、ニヤリと笑われ手を伸ばされたことによって思考が断ち切られる。
「大丈夫だ、お前より俺の方が強いし力もある」
 いきなり腰を掴まれたと思ったら、立ち上がりながら持ち上げられた。
「は、放せよ!」
 なんだ、いきなり!と足をバタつかせた悟を高い高いする。
 確かに優馬は身長も高いし、細身ながら悟と共に鍛えた空手とサッカーで綺麗な筋肉が付いている。思わぬ接触だが、男のプライドが傷つきムッとする。悟の表情に軽く笑った優馬は下ろすと頭を撫でる。
「まぁ、こんなだから、お前に襲われても撃退出来るから気にするな」
 内容的には落ち込むところだが、以前のように軽いやり取りが出来て胸がほっこりと温かくなり嬉しい気持ちが勝る。
「一緒に寝るのが気になるなら、お前にはロフトを空けてやるし。余分な布団はないけどマットレスあれば夏だし大丈夫だろ?」
 その上、こちらに配慮してくれる気遣いをされ、気持ちが半分以上傾く。それでも迷う悟に優馬は真剣な表情を向けた。
「……せめてストーカーが捕まるか諦めたって分かるまで居ろ。俺が知らないところで悟になにかあったらと思うと気が気じゃない」
 幼馴染みとしてでもここまで大切に想われて、嬉しくないわけがない。悟は自分を戒める決意を固めると頭を下げた。
「……じゃあ、厄介になるな」
 受けた悟にほっと安堵の表情を浮かべた優馬は着替えを渡す。
「気を使わずに居ろよ」
 ブランクがあるとはいえ、ずっと一緒に過ごしてきた二人だ。なんだかんだとすぐに二人の間に流れていた空気を思い出す。
「うん。じゃあ遠慮なく。優馬、喉渇いた」
 着替えを受け取った悟も、気持ちを切り替えれば甘やかされる事に慣れた幼馴染みに戻る。
「ったく、調子いいな」
 現金な悟に笑いながら立ち上がった優馬は冷蔵庫に向かう。
「麦茶と牛乳と……ビールもあるけど、それは止めといた方がいいか」
 最後の選択は小さな呟きだったが、着替えを広げ「やっぱりでかい」と唸っていた悟は反応する。
「平気、ビールがいい」
 見た目二十歳に見えないが、成人している悟はビール好きだった。他のアルコールは強くてダメだが、ビールは色んな種類を買い込むくらい好きだ。しかも今夜は走りまくったせいで喉がからからだ。
 ビール飲みたい、と目で訴えてくる悟に少し考えた優馬は一度戻る。
「腕、痛くはないのか?」
「うん、表面かすっただけみたいだし」
 赤くなった痕を撫でるが、火傷のような痛みはないよ、と告げる。
「じゃあ、先にシャワーだけ浴びてこいよ。あ、飯は?」
「食べてない」
 コンビニの弁当はストーカーに駄目にされたし、と今さらながら食べ物の恨みも湧く。
「うち、カップラーメンくらいしかないから……お前シャワーしてる間に弁当買ってくるか」
 なんでも完璧な優馬だが、料理だけはしない。理由は特に聞いたことはないが、優馬の母親の料理の味を知る悟は、作る理由がないよなと思っていた。しかし、一人暮らしを始めたのに大丈夫だろうか?と心配になる。一方、悟は一人暮らしを始めてから経済的な理由でそこそこ自炊する。
 ――ここに居る間は作ってやろう。
 それが役に立つことに喜ぶ。だが今は冷蔵庫の中身はないらしいので明日に繰り越しだな、と思いながら出かけようとした優馬を引き留めた。
「カップラーメンでいいよ」
「だけど」
 それでは味気ないだろうと財布を持とうとした時、隣の住人が帰ってきたのか、廊下の足音が微かに聞こえた瞬間、悟がビクッと肩を上げて部屋の奥に逃げる。
 その様子に目を見張った優馬に気づいた悟は慌てて言い訳しようとする。
「ぁ…あの、そこに、む、虫がいた気が、して!」
 特別虫が苦手でもない悟にとって、あまりに苦しい言い訳だ。
「……いないぞ」
 しかし、優馬は特に突っ込みはせず、悟が指差した方に視線を向けるふりをし、怯える悟を見ないようにしてやる。
「……なんかコンビニ行くの面倒になったな。赤いきつねは悟にやるからそれで我慢な」
 そして、引き留めた理由の、一人になることが怖い悟の胸中には触れず一口コンロにやかんを乗せた。
 その背中を見てほっと息をついた悟は、優馬の優しさに口の中でだけ礼を言い、バスルームに向かった。
 シャワーを浴びた悟の二の腕に実家から持たされた救急箱の中にあった火傷に効く軟膏を優しく塗ると二人はテーブルを囲んでカップラーメンをすする。互いに空腹だった為、無言でかきこむ。食べ終わると、同時に満足の息をつきながら腹を撫でた動きに自然と目が合い、なんだか沸き上がる笑いにしばらく身を任せる。
 ずっと一緒だった存在を傍らに感じ、嬉しくて仕方がない空気が室内に流れていた。
「悟、金麦と淡麗どっちにする?」
 一息つき、冷蔵庫の中にある二つの種類を見せた優馬に膝で寄っていった悟は遠慮なく冷蔵庫を見る。
「おれモルツがいい」
 中にあった発泡酒ではないビールを指差して見上げる悟に「贅沢者」と言いながら腹を軽く足で蹴る真似をする。
「いいじゃん、モルツ~」
 わざとらしく蹴られた真似をし、床に仰向けになった悟の頬にしゃがんだ優馬が冷蔵庫からモルツを出して当てる。
「冷たっ」
「仕方ない、初めて悟と酒飲むから奮発してやる」
 恩着せがましく言いながら立ち上がり悟を跨いでテーブルに向かった優馬に頬が緩む。
 なんだかんだ自分を甘やかしてくれる優馬に思わず口に出そうになった「だから優馬大好きだ」を呑み込み、膝でテーブルまで戻る。
「じゃあ、乾杯」
 男二人だ。缶のまま合わせて一気に飲む。
「う~生き返る~」
「だな」
 やはり同時に満足気に喉を鳴らすと、もう一度缶を合わせて二口目を飲んだ。
 実家に帰った時に遊んでいたとはいえ、飲みに行ったことはなかった二人は互いが酒に強いか分からなかった。優馬はやはりというか、強いらしく顔色を変えず二本目三本目と開けていく。一方悟はビールは好きだがあまりアルコールに強くはなく、一本目を開けた時点で夏でもあまり日焼けしない肌が薄っすら色づいていた。
 しかし、ちびちび飲みながらふわふわした体を気持ち良さそうに揺らす様子から弱いが体質的にダメではないことが分かる。
「優馬、それ一口ちょうだい」
 そして、一本は飲みきれないが、もう少し飲みたいと優馬が飲んでいる缶をねだる。
「新しいの出すか?」
「ううん、一本は飲みきれない」
 昔から食べ物でも一つは食べきれないが、味見したいときなどよく優馬から一口ねだっていた為、二人にとっては特別ではないやりとりだ。
 優馬は実家から持ってきた大きなクッションを抱えてベッドに寄りかかった悟に腕を伸ばす。そのまま缶を持ち悟の口元に当てるのは、そろそろ眠気に負けそうな悟が缶を落とさないようにだ。
 その手に自分の手を触れて飲む悟も慣れた様子だ。
 優馬を意識してからもこうやって甘やかされてきたことが伺える光景であり、悟的にはこんなに甘やかすから想いが膨らむ一方なんだよな、とアルコールで緩んだ頭で思う。
 だが、アルコールが入っているからこそ、変に意識せず甘えることも出来た。
「へへっ、うまいな」
「お前、飲み過ぎ」
 コクコクと一口ではない量を飲んだ悟の頭を軽く叩いて優馬が残りを一気に飲むと新しい缶を取りに冷蔵庫に向かう。その背中を見ながら体をずるずると横たえた悟は大きな背中を見て安心したように瞼が落ちる。ストーカーに付きまとわれてからまともに寝れなかった日々を送っていた悟は、久しぶりに緊張から解き放たれ全身が安堵していた。素面だったら別の緊張感に包まれていただろうが、アルコールが優しい睡魔を連れてくると一気に眠りに引き込まれた。
 冷蔵庫を覗き込んでいた僅かな時間で後ろから寝息が聞こえてきた為、振り返った優馬はビールを片手に戻ると悟の目の下にそっと触れる。
「悟?……酷いクマだもんな」
 そのまま頭上に腰を下ろした優馬は悟の髪を優しく梳きながらビールを飲む。
 深い眠りに入っていた悟は、自分を見下ろす優馬の表情も、軽々抱き上げてベッドに寝かせてくれたことも知らず、朝まで目が覚めなかった。
「ぅ……あれ?……ここって……」
 翌朝目が覚めた悟は自分の部屋とは違う様子にしばし辺りをぼうっと見回す。そして、自分の部屋にはないロフトを見てここがどこかを思い出す。ロフトを貸してくれるとは言ったが、おそらく酔って寝てしまった自分は上まで上がれなかったのだろう。その上、布団に入った記憶はなかったので優馬が寝かせてくれたんだろうな、と思うと嬉しさや照れ臭ささ、そして申し訳なさが混ざった感情が生まれる。そして、視線を下げてタオルケットだけをかけて寝ている優馬を見て膝を立て体育座りになるとしばらく見つめる。
 夏の陽射しに焼けた、綺麗に筋肉がついた右腕を枕に眠る優馬は熟睡しているようだ。なんでも出来る優馬の弱点をあげるとすると、寝起きが悪いことかもしれない、という程、一度眠ると余程のことがないと起きないし、目覚めの仏頂面はイメージが違う。しかし、悟が知るそれは、よく泊まり合っていた中学の話だ。今は違っていたら寂しいなと思いながらベッドを降りて優馬の顔の脇にしゃがむとそっと頬をつつく。
 しかし、悟の記憶通り規則正しい寝息は乱れない。変わっていない寝起きの悪さを知ると悟は嬉しくなってしばらく優馬の寝顔を見つめる。
 だが、腹が起き出し空腹を感じてきた悟は冷蔵庫に向かうと中を見て立ち上がる。
「優馬、朝はきっちり食べるのに……これからどうするつもりなんだろ」
 冷蔵庫の中身はビールと麦茶と牛乳とマヨネーズしかなかった為、幼馴染みの食事を知る悟は心配気に呟く。
「まぁ、世話になる間は作ろう」
 簡単な食事でも、コンビニ弁当や外食ばかりよりはいいだろう。
 ひとまず今朝の食事の材料を仕入れようと、昨夜洗ってくれた服を乾燥機から出して着替え財布を持つと、優馬を起こさぬよう静かに部屋を出た。
 最近の癖で通りに出る時には不審な人物がいないか辺りを見回す。しかし、今までは誰に気をつけていいか分からなかった為、常に緊張していたが犯人が分かった為、それらしき人物が見当たらなければ足取りも軽かった。
 昨夜タクシーで通りすぎたコンビニまでは歩いて五分くらいだったが、優馬に初めて手料理を振る舞う為、なにを作るか考えこんでしまい、店を出たのは二十分も経っていた。コンビニで買うにしては多い食料を抱えて戻る悟は「あとでスーパーの場所聞こう」と呟きながら自分のレパートリーを思い浮かべる。
 そんな気を抜いていた時に腕を力強く掴まれた悟は全身でびくっとし、コンビニの袋を振り回した。
「っと、ごめん!悟!俺だ!」
 振り向いた悟の恐怖に染まった表情に慌てながらも袋の攻撃を腕で防いだのは優馬だった。
 バクバクする心臓をなだめているのか、悟はしばし反応出来ない。
 振り回した為に中身が出てしまった買い物を拾う優馬の姿に徐々に心臓が落ち着いてくる。そうすると自分のふわふわとした猫っ毛と違い朝日に当たり艶々している優馬の黒髪が食料を拾うたびに揺れる様子に慌てる。
「ご、ごめんな、腕大丈夫か?」
 結構な勢いで振り回したのだ。中には卵や牛乳パックが入っていた為、当たった優馬の腕が赤くなっている。
 しかし、全て拾い袋に入れ直して荷物を持った優馬はなんでもないように笑うとアパートに戻る道を向く。
「気にするな、それより驚かせて悪かったな」
「でも……荷物おれが持つから」
 歩き出した優馬に、それ以上の謝罪を聞くつもりがないことや、過剰に反応してしまったことに触れないでくれる気持ちを感じた悟は、せめて荷物は持つからと手を伸ばす。それには抵抗せず袋を渡す。
「腹減ったから俺も買い物に来たんだけど、悟が作ってくれるのか?」
 中身の量から問いかけられるが、卵がぐちゃぐちゃになってしまっているのを見て項垂れる。
「……そのつもりなんだけど……オムレツとフレンチトーストで、昼もチャーハンでいい?」
 早く卵を使ってしまわないと、とメニューを告げれば「食えればいい」と何故か明るくなった声音に首を捻る。
 優馬、そんなに卵好きだったっけ?それともよっぽど手料理に餓えてるのか?
 後者かな、と判断した悟はコンパスの差で先を行く優馬を追いかけながら、あれ?と足を止める。
 綺麗な後頭部を包む黒髪に寝癖がついていた。
 自分ほどではないが、寝癖がつきやすい優馬は朝、顔を洗うついでに必ず髪を濡らすのに。
 一人暮らしになって乱れた生活になるような性格ではないと思うのだが……服も起きたままだ。
 どこか引っ掛かりながらも優馬に初めて振る舞う食事を失敗しないように意識を切り替えた。
 フライパンや鍋は優馬の母が持たせたのだろう、一通り揃っている為、困らずに作り上げた悟は、テーブルに運んだ後はドキドキしながら正面に座る優馬を盗み見る。悟が料理を作っている間に顔を洗い着替えた優馬は、いつも通りの爽やかなイケメンだ。
 それが先ほどの寝乱れたままの優馬を余計不可解にさせたが、悟は一口食べた優馬の反応にそちらに意識が向く。
「美味いな」
 とろけるチーズを買って来た為、それを入れたオムレツは優馬の口にあったらしい。
「へぇ、これも美味い」
 フレンチトーストも優馬はあまり甘い味付けは好まないことを知る為、甘さを控えめにした。
 昨夜はカップラーメンだけだった為に腹がすいていたのか、みるみる皿の上が空になる。その光景に頬が緩む悟も自分用の甘いフレンチトーストに手を伸ばす。
 程よい甘さと目の前に優馬が居ることに幸せを感じながら口を動かす悟に優馬が優しく目を細める。
「悟がうちに居る間は飯困らないな」
 その言葉は半分は本気で半分は悟がここに居ることに心苦しくならない為だと、優馬の優しさを知る悟は分かる。
 だから、今度は素直に頷くとスーパーの場所を聞いたのだった。


| 2018.06 |
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
プロフィール

桜崎彩世

Author:桜崎彩世
FC2ブログへようこそ!

web拍手

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

FC2カウンター

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

ページトップへ